ある日、冨田美穂さんの「牛」がわたしのtwitterのタイムラインに流れてきました。思わずスクロールする手が止まる。画面越しだけど、わたしはその「牛」から目が離せなくなってしまいました。
冨田さんは、東京の美大を卒業された後に、北海道で酪農に携わりながら、牛の木版画と絵画を制作されていらっしゃる。なんでも、大学生の頃に、経験した北海道の酪農のアルバイトがきっかけでとのこと。すごいなあ。本当に牛が好きなんだなあって、じわ〜っと感動してしまいます。それは、冨田さんの経歴だけではなく、絵をみれば一目瞭然です。
わたしは、北海道に行ったことはないし、牛舎に立ち入ったこともありません。
しかし、冨田さんが描く牛を見ていると、牛たちのあたたかい呼吸、体温、鼓動、草を喰む音………が伝わってくる。そして北海道の凛とした空気、早朝の牛舎の冷たさ、牛舎で働く皆さんのあたたかさ、広い空と大地にそよぐ風なんかもこちらにやってくる。そんな感覚が全部溶け合って、「ああ、なんて、やわらかくて、たくましい いのち なんだろう」と揺さぶられるの。
牧場ではじめて間近に見た牛は、とても大きくて、あたたかくて、ふわふわしていてとてもかわいいものでした。
『おかあさん牛からのおくりもの』著者プロフィール&メッセージより、冨田美穂さんからのメッセージ
これは、冨田さんが絵を担当された「牛」の絵本。
『おかあさん牛からのおくりもの』文・松岩逹、絵・冨田美穂(北海道新聞社)
酪農家さんの1日、1年のお仕事、牛の出産、体の仕組み、乳搾り、牛乳ができるまで、乳搾りが終わった牛のその後……などなど、「絵本」とはいえ、酪農を中心に、牛と牛とともに働くみなさまについてがとても詳しく紹介されていて、知らないことだらけだよ〜〜〜と、たくさんの学びが待っていました。
かわいい絵の中に臨場感があふれて、匂いとか、音とか、現場の様子が肌を通じて伝わってきます。お母さん牛のお乳を酪農家のお兄さんが絞る、乳しぼりシーンの絵の構図がとても大胆で、これは現場で実際に働かれているからこそ切り取れる視点だなあと感動しました。
普段、スーパーや食卓で食べ物として接する牛、野球のグローブやサッカーのスパイクなどで接している牛。そんな、今私たちの目の前の生活が、どのような命の連鎖で成り立っているのか、そこで働く人はどんなお仕事をされているのか。毎日の当たり前や、普通を深掘りすることができる一冊です。読み終わった後には、一つ一つの物や事が愛おしくなるはず。
この絵本を読みながら、ふと思う。わたしが「牛」に興味を持ったのは、はじめてではないな、と。内澤旬子さんの『世界屠畜紀行』(KADOKAWA)が頭をよぎる。この1冊との出会いがきっかけとなって、潜在的に牛が気になっていたかもしれません。
数年前、teshが初めてインドを旅してから「肉」をあまり口にしない時期が続いたんだ。健康のためにベジタリアンになろうとかではない。インドの市場でたびたび目にした屠殺の光景が、彼の気持ちを大きく震わせたらしい。動物たちが目の前で屠られる姿から、スーパー、そして食卓に並ぶ「肉」が、「動物」「生き物」であり「生命」であること、自分は「いのち」をいただいていたことを忘れていたことにふと気づきショックを受けたのだ。そのショックから「肉」を口にできなくなったというわけだ。
そんな体験談と、彼の食生活の変貌から、わたしも「肉」とその向こう側に興味を持つようになった。そんな時に、下北沢の本屋・B & Bさん(ビルの2階にお店があった頃)で、内澤旬子さんの『世界屠畜紀行』を手にとって、それこそ貪るように読みました。もともとイラストルポルタージュが好きなのと、内澤さんのご著書を未読だし、ちょうど良いな、と、それくらいの気持ちで手にとったのだけれど、世界中の屠畜事情に衝撃を感じつつ、ちょっと鳥肌が立ちつつ、食、文化、宗教とあらゆることを学ぶことができ、ますます「肉」をいただくことへの興味関心が深まっていったの。本書で、東京では芝浦に屠場があって、施設内には誰でも入れる「お肉の情報館」があり、実際の作業風景をビデオで見たり、食肉の歴史や、肉の生産、流通などなどの展示がされていることを知り、早速出かけたなあ。実際の作業風景はなかなかショッキングだったけれど、目をそらしてはならぬと思い、よくよく目を凝らした。屠畜場への差別や偏見についてなども生々しく知ることになり、正直、展示を全て見終わった後には心がずっしりとしていたけれど、足を運んでよかったと思ってる。わたしは「コンセプチュアル」を自身の仕事の軸に据えているけれど、自分の食生活も、おいしいだけに注目するのではなくて、そのおいしいを支えている土台を見つめることは大切だなって。
その後、わたしもネパール、インドへの旅に出かけた際に、市場のお肉屋さんで小動物が屠られる様子を目にした。羊かな。ヤギかな。その時に、お客さんがずっと屠られる動物に手を合わせていたことが忘れられない。その人がたまたま、手を合わせていただけかもしれないけれど、この人は「いのち」をいただいているという感覚を常に持っている………ちょっと泣けてきた。きっとわたしにその感覚がかけすぎていたことへの不甲斐なさと、いのちの尊さがわたしの繊細な部分に突き刺さってきたからだと思う。
このように色々な体験が重なりあって、それからというもの、人間の食卓と関係が深い動物たち、さらにそんな動物たちと一緒に働く人たちとの距離感やまなざしが変わったとともに、常套句かもしれないけれど「いただきます」が深まった。
そして、冨田さんが描く牛を知ったいま。
食卓を介しての牛への興味だったのが、美しい動物として、一緒にこの世界に生きる一員として好きになってきて、ありがとうという気持ちがたくさん渦まきはじめ、改めて、今のわたしはたくさんのいのちで生かされてるんだと噛み締めた。
そしてそして、言葉と絵を通じてだけど、冨田さんの生き方に触れたいま。
好きという気持ちを大切にすることが大切であることを改めて学ばせていただきました。
いつか、そう遠くないうちに、北海道で冨田さんの絵を拝見して、かわいい牛たちにも会いたいな。
関連情報
冨田美穂さんのWEBサイト
※牛のポストカードを販売されていますよ〜。とても手触りが良い素敵で厚手の紙に、とても綺麗な印刷で、ポストカードでも原画の雰囲気がそのままのようです。売上の売り上げの3割は、東日本大震災で被災した宮城県石巻市で移動支援を続けているNPO法人移動支援Reraさんに寄付されているそうです。