ウルトラマリン色のビルディング。
この日もとてつもなく暑かった。暑すぎて、アスファルトには陽炎が経ち、ゆらゆらと街が揺れていた。骨董通りを歩いていると、瑠璃色をしたビルにたどり着く。1階は写真館。間違いない、ここだ。案内状に記された、会場は「ウルトラマリン色のビルディング」という言葉に、妙に想像力を掻き立てられ、あえて地図は見ずに、瑠璃色をしたビルを探すことにした。ふっと視界に入ってきたそれは、街に突如現れた海のようで、瑠璃色のタイルが太陽光を目いっぱい浴びて、きらきらと海面のごとく輝いていた。
4階まで階段であがる。エレベーターはない。狭くて急な階段は、歩いて汗だくの身体に堪えたが、そんな疲労感も夏の思い出として刻まれる。「Grenier」。無機質なドアをあけると、色とりどりのチュールやお花がわさっと並べられていた。テーブル上には数々のヘッドドレスが並べられていて、テーブルが大きいデコレーションケーキみたいだった。この光景がすでに楽しい。
今日は、念願のヴィヴィアン佐藤さん(以下、びびさん)の「ヘッドドレスワークショップ」にやってきた。びびさんとの出会いは、そうだ、わたしが骨董通り近くの書店で働いていたころだ。ということは、かれこれ10年近く経つのかもしれない。寺山修司に関する講座や、浮世絵や装いに関するトークイベントなど、さまざまな企画にご出演いただいた。びびさんとご一緒していると、とても心穏やかになってリラックスしている自分がそこにいる。
事前に、どんなヘッドドレスが作りたいかー色のイメージとか、こんな花を使いたいとかーを教えてねとびびさん。迷わず、「黄色とオレンジをたくさん使って、花はひまわり! 元気なヘッドドレスを作りたいです」と即答した。ヘッドドレスのデザインのイメージはその時点で全く頭の中になかったけれど、漠然と、着けている自分も見る人も楽しくなれるものが作りたかった。不思議なもので、もともとわたしは黒い洋服を好んで着て、いつも黒いよねー、カラス族よねーと言われてきたのだけれど、では、好きな色は「黒」かというとそうではなく、「黄色」「オレンジ」あとは「ピンク」が好き。そうね、黒を好んでいたころは、自分にはこれしか似合わないという先入観と、やはり強い色だから周囲との距離感をとりやすいと感じていた。だから、黄色やオレンジが好きでも、それを纏おうという気持ちにはなれなかった。どうせ似合わんし、色合わせるのって難しいしってね。だけど、年齢を重ねるごとにその気持ちがだんだんとほぐれていっていることがわかる。最近は、黒以外の洋服を着ることが多いかもしれない。
ワークショップには、わたしの他に、ダンサーさんや彫金師さんなど、はじめましてだけど、おもしろくステキな人たちが参加していて、ご一緒できてとても楽しかった。まずは、チュール生地でふわふわを作る。専門用語がわからない。とにかく、ふわふわのぽんぽんです。好きな色のチュールの生地を選んでびびさんに裁断してもらって、各自、ちくちくぬいぬいである。波縫いでギャザーを作って絞る。するとふわふわのぽんぽんができる。自分の不器用さに嘆いてしまいそうになったけれど、コツをつかみ、リズミカルに縫うことができるようになると、没頭して楽しい。裁縫することは、とても久しぶりだったけれど、小学生の頃から洋服をリメイクするのが好きで、この没頭感が懐かしくもあって嬉しかった。
目の前には、着々とチュールのふわふわのぽんぽんがたまっていく。チュールの硬さや網目の大きさによって縫っている時の感覚が違うのがおもしろい。ふと目をあげると、みんなの手元の雰囲気がまさに十人十色に彩られていた。トロピカルカラーの人、ローランサンのようなくすんだグレーとピンクの人、チュールはあまり使わずに鬱蒼とした森のように花や葉っぱがてんこ盛りの人、白と黒でシンプルな人…自由である。びびさん曰はく、作る人がその日に着ている洋服にあうヘッドドレスが出来上がるらしい。なるほど、確かにそれぞれ着ている洋服に合っている色を選んでいる。歓談もするけれど、基本、もくもくと真剣な沈黙が続く。それぞれの創作意欲が良い具合に絡み合って、刺激し合っているように感じた。
だけど、お腹は空くもので、みんなでびびさんオススメのキッチンカーでテイクアウトしてお昼休憩。わたしはパッタイをパクチーのせで注文。普段、お昼ご飯はほとんど食べないから、久しぶりにがっつりいただきま~~~す、という感じ。真夏のような日にタイ料理はやはりおいしいですね。早く制作を再開したい気持ちがあったのか、ペロリと完食。うっぷ、さすがにかきこみすぎた。コンビニで買ってきたアイスコーヒーで消化を促そうと頑張る。「食べるの早くない?!」とびびさんにもツッコまれる。普段は「食べるの遅すぎ」と指摘されるので、新鮮。
ある程度、ふわふわのぽんぽんができたので、いよいよ形作り、土台に貼り付ける工程に入る。土台は、なんとサンバイザー。ぽんぽんを貼る前に、花束を作って貼り付ける。びびさんがたくさんひまわりを用意してくれたので、ひまわりにシダで緑を添えて花束を2つ作った。それを対角線上に配する。貼り付けに使うのはグルーガン。はじめて使う。熱いから気を付けるのよと言われたそばから、グルーを指にぶっかけて、あっつ!! とひとりで格闘をする、を繰り返す。次にぽんぽんも貼り付けていく。この時点でもばっちり完成像は頭の中にはなく、いろいろ合わせながらじわじわとデザインを固めていった。途中でぽんぽんが足りなくなって、追加でちくちくぬいぬい。
いったん被ってみる。マネキン頭にかぶってもらっている時と、自分で実際にかぶってみる時とは、やはり雰囲気が違う。どこがバランスが悪いか、何が足りないかが自然と見えてくる。洋服もそうだ。ハンガーにかかっているだけでは、その洋服の魅力は全てわからない。やはり実際に纏って動いてみると、洋服の美しさが一層際立つ。だから、ランウェイを見るのが好き。さらに、ぽんぽんをつけて、最後に羽をつける。完成!!!人生ではじめてのヘッドドレス。感無量である。いつの間にか盛り盛りの巨大なヘッドドレスになっていた。そして、常夏感満載。みんなのヘッドドレスもぞくぞくと完成する。色も形も大きさも全く違う。お互いが作ったのをかぶり合ってみる。自分が作ったものをかぶるのと、また違う気持ち。自分が作ったものをかぶると、自分の内側がさらけ出されるようで、誰かが作ったのをかぶると、自分でも知らない自分が開かれていくような気持ちが生まれた。誰かのセンスや創造力が、新しい自分を切り開いてくれるのだろう。
わたしが、何故このワークショップをずっと受けたかったのか。もちろん、ヘッドドレスを着てみたいという憧れはあった。それ以上に、びびさんのヘッドドレスに関する考え方に心動かされたからだ。びびさんの言葉をそのままお伝えしたい。
「基本的にお化粧やヘッドドレスの装着は、違う自分や非日常的な変身ではありません。
化粧や着飾る行為とは、どんどん裸になって本来の自分に戻る行為なのです。
通常隠されている自分自身の大切な一面を取り戻すこと。
自分を解放し、自身の潜在的な感性や哲学を再び確認してみるのです。
もう一度「自分」「私」の在り方に向き合う装置なのです。
また、ヘッドドレスとはアンテナの役目を果たします。
普段気付かない情報や出来事、気付かなかったふりをしていたものを傍受し発信するためのものでもあります。ヘッドドレスを作ること、装着することで、自分自身に戻りましょう!」
ヴィヴィアン佐藤
びびさんのこの言葉がわたしの背中を押してくれた。わたしは、黒しか似合わないし、そんな先入観をはじめ、知らず知らずに自分で自分を箱に押し込んでしまう日々。30年以上生きても、未だに自分が何者であるかわからない。裸になるって怖いけれど、この窮屈さを一度飛び出してみたい、うん、ヘッドドレスを作って着てみたい。やはり、わたしにとってヘッドドレスを作っている時間は非日常であり、それを着ている自分も見慣れない自分で、変身したという気持ちが湧いたことは事実。しかし、びびさんが言うように、この「非日常感」「変身」という気持ちは、全くの別次元にトリップしたり、別人に変わったのではなく、確かに解放された気持ちだった。着飾っているという感覚はなく、脱出できたという感覚だ。つまり、まさに裸になることができたのかもしれない。裸になるという変身ができたのかもしれない。
何より、素直に作っている時間が幸せだった。
朝11時に作りはじめて、終わったのは19時過ぎ。数字で書くと長いけど、あっという間に過ぎていって驚いた。楽しい時間が過ぎるのは、没頭する時間が過ぎるのは本当に早く、数字に置き換えられない。
びびさん、スタッフのお姉さん、一緒にヘッドドレスを作ったみなさんに、心から感謝です。
4階から狭くて急な階段を降りる。ドアを開けると、もわんとした空気に包まれる。
ウルトラマリン色のビルディングは、すっかり暗闇に溶け込んで青山の静かで華やかな夜に消えていた。タイルに映るネオンの光は、海面におちる月光のよう。
ヘッドドレスワークショップ情報
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ヴィヴィアン佐藤さん
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