君に、ガンジス川を見せたいんだ。
『あなたが見せてくれたガンジス川ーインド旅日記』(なかむらしょうこ、2022)
何度も何度もそれを夢に見るんだ。
あなたは常にそう言っていた。
インドに行こう、バラナシに行こう、そしてガンジス川を一緒に見よう。
君と一緒に行きたいところはたくさんあるんだよ。ガンジス川は叶った。あとは、イスラエルの死海、デンマークのチボリ公園、岩国航空基地。僕の感動と思い出をきっと、共有したいんだ。
鳥取砂丘も、わたしを連れていきたいと思ってくれていた場所のひとつ。
石見、出雲と旅した後、ついにその日はやってきた。夏真っただ中、今、わたしは鳥取砂丘の目の前に立っている。照り付ける太陽が足元の砂を伝って、わたしの身体をじりじりと焼いてくる。あれは何年前だったかしら。もう十年も経つかもしれない。一度だけ砂漠に行ったことがある。カタールのドーハの砂漠で、ラクダにまたがり、砂漠の奥へ奥へと進んでいった。次第に360度見渡す限り砂ばかりで、生き物はラクダとわたしだけ…そんな状況に感動とともに一握の恐怖を覚えた。ここに置き去りにされたら?
鳥取砂丘にもラクダがいた。しかし、わたしとラクダ以外にもたくさん生き物がいた。だから、怖くはない。「どう? ここに一緒に来たかったんだ」となりには無邪気に喜ぶ彼もいる。「とても美しい」、この気持ちは嘘ではなかった。観光地化しているとことで、がっかりしてしまうことは少なくない。だけど、ここは本当に美しいと思った。遠くには日本海が見える。「あそこまで歩こう」と、彼は、丘のてっぺんを指でさす。先にたくさんの人が丘を目指して歩いていた。その姿はゴマ粒のように、砂の上に、不規則な水玉模様のように点在していた。コンポジシオン。その様子に、植田正治さんの写真を思い出す。
砂に足を取られながら、前に前に進む。普段から歩くことが好き!と言っているわたしだが、砂の上での体力の消耗は、コンクリートの上のそれとは全く違う。すぐに息が上がり、じっとりと全身に汗がにじむ。相変わらず太陽が容赦なく夏を降り注ぐ。溶けるか干からびるか、どっちが先か。1968年から1977年にかけて活動をしていた鳥取の前衛芸術家集団「スペース・プラン」。活動期間中、13回の展覧会を開催した彼らは、鳥取市の各地で野外展を積極的に試み、2回目の展覧会は、ここ鳥取砂丘で行った。その様子を『スペース・プラン 鳥取の前衛芸術家集団1968-1977』(ART DIVER)で見たことがあったためか、その様子がぼんやりと蜃気楼のように見えてきそうな気がした。本書には、当時の資料がそのままに掲載されていて、砂丘で開催された展覧会のために事前配布されたPLAN書も然り。なんて貴重なんだ。
SPACE PLAN No.2は「アトリエの芸術ー個性的小空間芸術」より脱却して選択された、「場所(環境)にかける非個性的大域空間の芸術」をめざしています。しかし、われわれには、そのための統一された原理も理論もありません。すべては仮設と実験(こころみ)ー冒険にかかっています。冒険は常に「不可能性への挑戦」という性質をおびたものです。そして、実現不可能と考えられる表現方法やアイデアー人間の想像力や行為の極限を極めるものの中にこそ、未だ夢想さえされない新しい芸術の姿が浮かび上がってくるのではないでしょうか。
『スペース・プラン 鳥取の前衛芸術家集団1968-1977』(ART DIVER、18頁「SPACE PLAN NO2 事前配布物」)より
砂丘を歩いていると、砂丘と作品の間で非個性的に交わされる対話がわかってくる。ここに、アトリエの芸術を設置しても異物で終わってしまうのかもしれないな。ここで行われた冒険は、きっと新しい芸術の姿と共に、この壮大な砂丘をさらに上に下に横に、そのスケールを押し広げていたに違いない。
丘のてっぺんまでやってきた。これは明日筋肉痛だな。丘の上から望む日本海に潤いを感じる。オアシスにたどり着けた時はこんな気持ちになるのだろうか。風が吹き、砂丘の表面をなでる。うっすらと風の軌跡が砂の上にのこる。「小さい頃に来た時と形が変わっていない気がする」。彼は不思議そうにそうつぶやいた。しばらく、てっぺんにとどまった。たくさんの風をうけて、砂丘より先にわたしの形が変わってしまうかも、なんて思った。
さあ、帰りますかね。ざくざくざくっと、砂丘を下る。容赦なく靴の中に砂が入り込む。登った時と違う筋肉に響いているのがわかる。その横を子どもが無邪気に駆け下りる。競争だ―なんて言いながら。
下まで戻ってきたとき、さっきまでいたてっぺんの方向を仰ぎ見る。
あなたが見せてくれた鳥取砂丘。
砂丘を前にしたら人間だって、非個性的に埋没していくのかもしれないけれど、この数時間は明らかに愛おしい思い出になったことは間違いない。
この思い出を、わたしはあと何回、心に思い浮かべるだろう。
わたしはあと何回、満月を見ることができるのだろう。
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