「20回以上日本に来ているけれど、桜の季節に来たのははじめてなの」
björk は無邪気に、そして嬉しそうに話してくれた。
一生のうちに一度、たった一度だけでも、彼女の声に包まれたいと夢見ていた。
björk の来日を知り、チケットを購入したのはいつだったっけ。去年2022年の秋頃だったかしら。
2023年3月20日なんて随分先だな、だけど、きっとあっと言う間にやってくるんだろうなと思いながら、いつもどおり生活していた。
予想通り、2023年3月20日という随分先のその日は、あっという間にやってきた。
「björk orchestral」
björkと指揮者と32人のオーケストラ。
19:00ちょうど。本当にぴったり。
オーケストラ、指揮者に続きbjörkがステージにあがる。
春らしいやわらかい緑色の打掛のようなデザインのドレスにキラキラ輝くヘッドピース。
わたしの席は5階のバルコニー。ステージを俯瞰するような場所でステージ上のbjörkはとても小さく見える。しかし、それはあくまでも物理的なこと。表層的な問題。
björkはとても大きかった。彼女がはじめの声を放った瞬間、中空の空気が細やかに振動して、ホール全体に波紋が広がるように「音楽」が充満していくのが分かった。
björkの声とオーケストラの生音だけで、次々と力強い音楽が爆発していく。
神々しさに酔いしれていると、björkは突然歌うことが大好き! と言わんばかりの無邪気なかわいらしさを覗かせる。キュート。
どんどんどんどん地球の真ん中に向かって深く没入していく。
そして、いつの間にか、わたしの身体の中から言葉が抜け落ちていく。
言葉が追いつかない感動。
I’ll be brand new
Brand new tomorrow
A little bit tired
But brand new
(björk「Pluto」より)
アンコールを終え、björkが立ち去る。
すると、björkの声と音楽がベールを纏うかのように身体に残り、わたしを包み込み、肌を優しくなでる。さっきまでの没入感とは違い、とても軽やかな柔らかい気持ち。
björkに触れて心と身体が新陳代謝したようだ。
2023年3月20日という随分先のその日は、あっという間にやってきて、あっという間に終わった。
一生のうちに一度、たった一度だけでも、彼女の声に包まれたいと夢見ていた。
夢がかなった喜びと、楽しみが過ぎ去ってしまったスプーンひとさじくらいの寂しさが湧いてくる。
夜空に、桜の花がほころびはじめていた。
このあたたかさだと明日はもっと咲きそうだ。
Brand new tomorrow.
https://smash-jpn.com/bjork2023/orchestral/