奇しくもこの日は、横浜開港記念日。
1859年6月2日に横浜港が開港した。
そして、2024年6月2日、TRiPが横浜の野毛で野草興行を決行した。
この偶然の重なりにいくばくかの喜びを覚え、TRiPが、そしてTRiPに関わってくれるすべての人が末広がりに開けていきますようにと、横浜の空を見つめながらそっと祈る。
見つめた先の横浜の空は曇天で、今にも雨が降り出しそうである。いや、ほどなくしてザンザンと雨が降り出す。野毛では開港記念日の花火は上がるかどうかという話題がそこかしこでささやかれていた。
「Le Temps Perdu」のネオンサインがいつもよりくっきりと艶っぽく、雨で濡れた野毛の町に光を落とす。定刻にJAZZピアノとウッドベースの音がタンッと鳴って演奏がはじまった。それまで、せっかくの興行の日に雨なんて…と少し肩を落としていたが、急に雨の音がリズムと化し、ハイカラな夜を彩る演出のようにうつりはじめた。
「TRiPー落語×浮世絵ー」は柳家あお馬(落語家)と渡邉晃(太田記念美術館学芸員、JAZZピアニスト)、そして本屋しゃんの3人チームで、落語と浮世絵をかけ算して、双方の魅力を発信したい! 楽しんでもらいたい! トリップしてもらいたい!と、ジャンルを越えた挑戦をしています。普段は、北千住の築約100年の仲町の家さんをホームグラウンドとして公演を行っていますが、「第8回横浜トリエンナーレ 野草:今、ここで生きてる 応援プログラム」を契機に、横浜にトリップしよう! と相なりました。もう少しつっこむと、ジャンルを越えて落語と浮世絵の魅力を発信していきたいという活動観から、横浜トリエンナーレに行くアートファンのみなさまにも落語と浮世絵の魅力を届けたい! という想いが発動したとともに、「野草」というテーマがTRiPと呼応するのではないかと感じたのです。
そもそもTRiPは、先のとおり、それぞれちがうジャンルで活動しながらも、落語と浮世絵をかけ合わせて、双方の魅力を発信するぞ! という野草のような精神で立ち上がりました。また、落語も浮世絵もおもしろく、おかしく、したたかに、そして美しく「人が生きる」様を表現します。時に踏んづけられたりして弱る時もあるけれど、それでも生きる人の野草的力が落語や浮世絵にも宿っているのではないだろうか、とも考えました。
いざ、横浜にトリップ! しようという気概はあっても、どこで? どこへ? どうやって? と整えなくてはいけないことは山ほどあります。悩んでいると、TRiPの常連様から、素敵なお店を紹介していただきました。カルバドスとビールがメインのライブバー「ル・タン ペルデュ/Le Temps Perdu」。世界中から集まるミュージシャン達の様々なショーが投げ銭制で行われています。せっかくの出張公演、素敵なお店とのご縁をいただいたので、TRiPもいつものルタンさんらしさに寄り添って、投げ銭制で開催しようと決めました。ちなみに、ルタンさんでの落語も浮世絵噺は初の試み。TRiPもルタンさんもはじめてのことでソワソワドキドキです。だけど、当日を楽しい会にしたいという気持ちは一致していて、当日に向けてたくさんアイディアを交わせていただきました。感謝。
当日。
ご自身もミュージシャンとして活躍されているオーナーが、学生時代にビールケースでよくステージを作られていたとのことで、そのノウハウを活かし高座をテキパキと作ってくれました。ビールケースに毛氈をかけて、座布団を置くと、一気に江戸の風が吹きはじめます。ちょうどお店の赤い壁と毛氈の色が呼応していい感じです。
お客様もちらほらとご来店され、気づけばすでに時刻は18:00。野草興行のスペシャルゲストとしてウッドベースの荒井美咲さんを迎え、渡邉さんとJAZZデュオとしてオープニングを飾っていただきました。渡邉さんががピアノを弾く姿はどこか寂しさすら感じられるかっこよさ。荒井さんのウッドベースの音は全身が震えるほど力強い音です。音楽が響き渡ることで、だんだんとTRiPがお店の空気と馴染んできたようです。
そしていよいよ本編の幕開け。仲町の家での本公演では、毎回ひとつテーマを決めて、それぞれ落語と浮世絵噺で応えるスタイルですが、野草興行はフリースタイルで演目は自由。さあ、何が飛び出すのか?!
トップバッターはあお馬さん。渡邉さんのJAZZピアノ出囃子とともに登場です。演目は『不動坊』。フリースタイルというものの、大道芸の町・野毛にちなんで「ちんどんや」が登場する噺を選ぶあたりが、さすがあお馬さん。本公演でテーマに沿った演目の選び方も、いつもそうくる?! という驚きある選定をされるのですが、いやはや、その場所の魅力に応える力、想像力がスゴイです。
不動坊火焔の幽霊が登場する場面で、会場からたくさんの笑いがおこる中、細部の描写がすさまじかったです。マッチを擦ると本当に炎が点いて、ツンッとした硫黄の香りが一瞬鼻を突き、煙がすっくと立ちあがったかのようで、ドサドサ舞い散る紙吹雪で目の前がまぶしくなるかのようで……小道具さんや大道具さんがいるのではないかというくらい、情景がありありと立ち上がるので驚きです。お客様も、笑いながらも、あお馬さんの迫真の落語に没頭されていることが良く伝わってきました。
続きまして、渡邊さんの浮世絵噺。漫談のようなおもしろさで、聴く人に学びと笑いを届けます。浮世絵講座は数多あれど「浮世絵噺」をうたっているのは渡邉さんだけでしょう。もはや浮世絵噺の祖です。
渡邉さんもフリースタイルでありながら横浜・野毛にちなんだ浮世絵についてたっぷりお話いただきました。しかも! 浮世絵で描かれた場所が現在どのようになっているか、実際にその場所に事前に赴き、写真を撮り、浮世絵と一緒に紹介するという憎い演出。お客様とともにルタンのスタッフのみなさんも、お店がある場所の歴史に興味津々でBARカウンター越しに前のめりで聴いてくださいました。渡邉さんの浮世絵噺に触れると、浮世絵は絵としても楽しめることはもちろん、歴史のいろいろな表情が凝縮されていて、まさにタイムトリップの入口のようであることに気づかされます。
あお馬さんの落語、渡邉さんの浮世絵噺と「ここだからこそ」「ここならでは」の内容が続き、自由にパフォーマンスしていただきながらも、テーマに応える力と遊び心、そう、TRiPらしさを発揮しているな~とメンバーの勇姿を誇らしく思いました。
最後にもう一席、あお馬さんの落語です。演目は『心眼』。
ところで、わたしもこんなにあお馬さんの落語を間近で見たことははじめてで、額にうっすら浮かぶ汗まで見えるほど。『心眼』で驚いたのは、表情の微細な動きです。目が不自由な主人公を演じる時の顔の筋肉の細かな動きで主人公の心が手に取るように伝わってきます。『不動坊』『心眼』と細部まで行き届く演出力と表現力の高さ、ああ馬さんの落語の新しい魅力に気付かされます。
噺が進むにつれ、窓の外は夜が深まり、夜の暗さが怪しくああ馬さんの顔を照らします。
そんな暗がりと静けさの中、あお馬さんの細部まで神経が行き届いた噺ぶりによって、大きな笑いが起こるでもなく、THE人情噺でもない『心眼』のメッセージ性が浮かび上がるようで、お客様もそれぞれの心中で、そのメッセージを咀嚼してじっくり味わい、考えられているようでした。
たくさんの拍手、そして投げ銭をいただきTRiPの野草興行は閉幕です。お客様の笑顔と「楽しかった」「北千住にも行きます」という言葉をかけていただき、はじめてづくしでのソワソワドキドキは安堵にかわり、開催してよかったという気持ちに包まれました。
お客様が帰られた後にみんなで乾杯。ルタンさんのおいしいお酒が五臓六腑に染み渡ります。
ご来場のお客様
ゲストの荒井美咲さん
ルタンのみなさま
横浜トリエンナーレ
に改めて感謝を届けたいです。
また、出張公演に挑戦したいという次への意欲を抱きつつ、今度はぜひ、北千住の仲町の家での本公演でお会いしましょう!
まだまだわたしたちのトリップは続きます。
これからも、みなさんも一緒にTRiPを楽しんでいただけますように。
終演の頃には、雨は止み、静かに夜が深まってた。
そういえば、公演中にドーンドーンと花火の音が聞こえた気がする。
無事に横浜開港祭の花火があがったのかもしれない。
良い日だ。
【落語会情報】
「TRiP ー落語×浮世絵ー」
野草興行 ヨコトリップ!
2024年6月2日(日)
ル・タン ペルデュ/Le Temps Perdu(横浜市中区野毛町2-78)
OPEN 17:30
OPENING ACT 18:00 JAZZピアノデュオ ゲスト:荒井美咲(ウッドベース)
START ①18:30 落語 ②19:30 浮世絵噺 ③20:30 落語
Show Charge:投げ銭制
https://honyashan.com/welcome/20240316trip-rakugo-ukiyoe-spinoff-yokotrip
ー演目ー
OPENING ACT 荒井美咲+渡邉晃
ー、不動坊 あお馬
ー、浮世絵噺 晃
ー、心眼 あお馬