「この鈴を持っているとまた会えるんですよ」
寿獅子舞を終えた旅館 澤の屋の若旦那である澤 新さんが、いつもどおりの優しい笑顔で語られました。
獅子舞がみんなの無病息災と幸せを願って頭を噛んで回る時に、大きな口からチリンっといい音を立てて勢いよく鈴が飛び出してきます。福のおすそ分け。チリチリン…。ご縁を結ぶ音がそこかしこにこだまします。また、ここでみんなに会えますように、と。
展覧会「ようこそ『えんぎやど』へ」を企画し開催したのは2021年秋。コロナウイルスが猛威を振るい、旅人がいなくなってしまった旅館 澤の屋さん。そんな状況において、世界中からの旅人を惹きつける旅館 澤の屋の魅力と、ここで生まれたたくさんのご縁を絶やさず、さらに新しい縁を育みたいという想いから、エリカ・ワードさん、境 貴雄さん、2名のアーティストを招聘しての開催でした。宿泊するという目的がないと普段なかなか足を踏み入れない旅館。本展を機に、ご近所の方をはじめ、アートファンの方にたくさんご来場いただき、企画時の「ご縁をつなぎたい」という想いが目の前に立ちあがったようで嬉しさを噛みしめたことを今でも鮮明に思い出します。
展示が終わった後も谷中に行く度に、澤の屋さんに顔を出し、世間話がてら近況を伺うと、旅ができるようになってから、だんだんと澤の屋さんにも世界中から旅人が戻り、連日ほぼ満室のご様子。館内にはいろいろな国の言葉が響いて、澤の屋さんも忙しそう。嗚呼、良かったな、としみじみしている矢先、澤さんからまた何か一緒にやりませんか、とお声がけをいただきました。3年前のありがとうの気持ちを込めて、と。もちろん嬉々として2つ返事で「ぜひ!」と、わたしも意思表明し、3年ぶりの澤の屋さんと本屋しゃんのコラボ企画が動きはじめたのです。本当に嬉しかった。
旅館 澤の屋に「ただいま」と「おかえりなさい」がたくさん飛び交う日が戻ることを待ち遠しく思いながら、みなさまとの良き縁ができますように、心よりご来館をお待ちしています。
これは3年前に開催した「ようこそ『えんぎやど』へ」の案内文の末尾であり、一番大切にしていた想い。旅館の日常が戻り、非日常を楽しむ旅人が訪れるようになった今、「ようこそ」からの想いを引き継いで、「おかえりなさい」の気持ちを込めて、展覧会「おかえりなさい『えんぎやど』へ」を開催することにしました。展覧会メンバーは「ようこそ」の時のご縁からエリカ・ワードさんと境 貴雄さん、そして新たなメンバーとして「ようこそ」の際につながった、Perfumer Kō さんを迎えパワーアップ! 澤の屋さんに宿泊される世界中の旅人のみなさまにも楽しんでいただきたく、WEBページも日英のバイリンガルに挑戦です。
打ち合わせの日。久しぶりに、「えんぎやど」チームが全員揃い、3年前の思い出話とともに、それぞれの3年間の出来事を語り合います。ぽっかり空いた会えなかった時間を埋めるように。何よりみんな元気で良かったです。まあ、ノスタルジックになるだけではダメで、しっかりと「おかえりなさい『えんぎやど』へ」開催に向けて未来の話を練っていきます。「ようこそ」の時は密になるから、本当はやりたかったけどNGだったイベントごと。レセプションにライブドローイング、アズラー撮影会、全部やるぞ!! と、ご縁を繋ぐイベントをモリモリ開催することに! レセプションは、これまた「ようこそ」の時にご縁がつながった野良ちりんさんを迎えて、日本酒と酒菜を提供していただくことに決まり…3年前からのご縁が集結してどんどん前進していきます。
迎えた展覧会初日。Perfumer Kōが本展のために谷中をイメージして調香したウッディだけど爽やかなアロマオイルの香りが、会場に漂います。まるで見えない彫刻のよう。
境さんは、3年前に制作した大きなうさぎまんじゅうのオブジェ、通称《さわぴょん》を踏襲し、自身の代表シリーズ《J-SWEETS》の新作をたくさん創ってくださいました。小さきうさぎ饅頭たちが澤の屋さんのあちらこちらにぴょんぴょんと出現です。ちょうど十五夜の時期なので、季節ともピッタリ呼応します。谷中在住の落語家・三遊亭らっ好さんのアズラーポートレイトの撮りおろしも!
エリカさんは3年前に、澤の屋さんに常設されている獅子頭からインスピレーションを受けて描いた作品《都市が躍る:獅子舞》を筆頭に、さまざまな獅子をモチーフにした作品とエリカさんらしい日本の文化と日常をシュールにかけ合わせた作品をたくさん展示してくださいました。
お風呂は3年ぶりに、境さんの《どらやき風呂》とエリカさんの《カーブミラー風呂》に大変身。宿泊者の方限定で鑑賞できるようにしました。お客様から、なぜ、風呂場にどらやきが?! カーブミラーが?! とお問い合わせが絶えなかったようです(笑)。
photo by 境 貴雄
いつのまにかお客様にもたくさんご来場いただき、厨房からは野良ちりんさんの酒菜のいい匂いも立ち込めてきて…いざ、レセプションの開幕です。エリカさんは窓に紙を貼ってライブドローイングを、境さんは小豆の髭をズラリとテーブルに並べてアズラーの撮影会を。初日だけでも、「えんぎやど」メンバーの魅力がてんこ盛りです。みなさんが思い思いに、野良ちりんさんの日本酒片手に、ライブドローイングを楽しんだり、アズラーになってみたり、展示作品に浸ったり、歓談に興じたり…それぞれの時間を過ごしている様子を見ていると、そこには確かに人が集まることで生まれるあたたかい空気が漂い、良い距離感でここにいる人たちがつながっていることが感じられて、初日から感慨深かったです。
この日から約3週間ノンストップ。2日目には、近くの会場でこれまた「ようこそ」の際にご縁がつながった落語家の三遊亭らっ好さんとPerfumer Kōさんによる落語×香りに挑戦した落語会を開催(その時のレポートはこちら)。毎週末はアズラー撮影会を開催し、会期中ずっと躍動している展覧会でした。
とお伝えすると、よっぽど賑やかな展覧会だったのだなと感じられると思うのですが…東京の下町らしいのんびりとした空気と、ここ東京?! と思わせる静かな環境で、とてもゆったりとしていました。この雰囲気が谷中の町と澤の屋さんの魅力のひとつ。わたしも日々在宿しながら、この落ち着いた空気に身を置くことで、なんだか心穏やかになったいたように思います。
在宿していると、展示を目的に来てくださった方との出会いはもちろん、澤の屋さんに宿泊する旅人のみなさんとの出会いもたくさん。連泊されている方とは顔なじみになって、「あら、またあなたいるのね、おつかれさま」なんて声をかけていただいたり、旅の思い出にと、アーティストのグッズを購入してくださったりと、アートを通じて繋がる国を越えたご縁が嬉しかったです。
毎日誰かしらがチェックインしてきたかと思えば、誰かがチェックアウトしてこの地を去る。チェックインの対応をする澤さんの英語はとてもゆっくりと優しい。人柄がそのまま表れているかのようで、旅人のみなさんも、ここで旅の緊張が解けるんだろうなと想像する。チェックアウトの時は、澤さんご一家が外までお見送りをする。「ありがとう。いってらっしゃい、気をつけて」と。こんな様子を毎日見ていると、澤の屋さんにはいろんな人のいろんな人生が日々行きかっているんだな、誰かの人生にここでの体験が思い出として刻まれるんだなと、ああ、人生は本当に旅で、わたしたちはみんな旅人なんだなとしみじみしてくる。
3週間は長いようであっという間。最終日まで多くの方に足を運んでいただき、感謝しきり。閉幕時刻が過ぎ、一息ついて、作品の撤収をはじめる。ひとつ、またひとつと箱にしまわれる作品たち。ずいぶんと澤の屋さんに馴染んでいたようで、その姿が見えなくなるとなんだか寂しくなります。
作品が撤収された飾り棚には、もともと飾られていた獅子頭が戻されます。
ふと、獅子頭と目が合うと
「この鈴を持っているとまた会えるんですよ」
と、澤さんのあの言葉が頭をよぎりました。
チリンとあの鈴の音とともに。
本当だったみたいです。
いや、疑ってなんかないですよ。
そう、ここはえんぎやど。
世界中の人と文化の「ご縁」が起こる宿だから。
また会いましょう。澤の屋さんで。
展覧会詳細
おかえりなさい「えんぎやど」へ
会期:2024年9月22日(日)〜10月13日(日) ※会期中無休
時間:14:00~18:00 ※金・土は19:00まで
※鑑賞いただける時間は澤の屋の営業時間と異なりますのでご注意ください
会場:旅館 澤の屋 1階(東京都台東区谷中2-3-11)
アクセス:千代田線 根津駅より徒歩約7分
入場料:無料
https://honyashan.com/welcome/okaerinasaiengiyado/
ようこそ「えんぎやど」へ
会期:2021年9月1日(水)〜9月30日(木)
時間:月〜木 10:00~18:00
金・土日祝 10:00〜20:00
最終日(9月30日):10:00〜18:00
会場:旅館 澤の屋 1階(東京都台東区谷中2-3-11)
入場料:無料
https://honyashan.com/welcome/sawanoyaproject-engiyado/