
【今回の演目は…】
一、紋三郎稲荷 柳家あお馬
一、浮世絵噺 渡邉晃
― 仲入り ―
一、後水酔記(今井ようじ作) 柳家あお馬
📸本記事の写真はすべて奥村健介
本屋しゃんが上京してはじめて住んだ町は吉祥寺でした。特に大きな理由もなくそろそろ引っ越すかと相成りまして、縁あって北千住の地にたどり着きました。白状すると「ここに住もう」と決めた理由は、「飲み屋横丁」に惚れたから。小ぶりで雑然としながらもなんだかあたたかい人情を直感した横丁。何を隠そう、ちょいと一杯やるのが好きなので…この町に住みたい、ここならば楽しく生活できそうだと思ったわけでございます。
朝まで飲んでいたのか、朝から飲んでいるのか、おはようなのかおやすみなのか、横丁の夜と朝が溶け合う時間がとても好き。酒の匂いが、人の話し声が、おでんの出汁の香りが、やきとりの煙がずっとそこかしこにはびこってる。
時はさかのぼって江戸時代。千住で「千住酒合戦」なる催しがあったそうな。
流通の要衝として栄えた千住。文化12年(1815年)に、江戸飛脚宿の主人・中屋六右衛門の還暦祝いとして、江戸や近郊から腕自慢の酒豪を集めた大飲み比べ大会の名が「千住酒合戦」。酒井抱一や谷文晁、亀田鵬斎ら名だたる文人・絵師が審査員として参加し、『高陽闘飲図巻』という巻物にまとめられ、後に太田南畝と彼らによって『後水鳥記』としてまとめられたのだとか。ああ、今やっていたら参加したい(笑)。足立区郷土博物館に「千住酒合戦」の資料が展示してあるというのでヨイヨイと出かけてみると、『高陽闘飲図巻』の複製などを見ることができました。とてもかわいい絵で、ばかまじめに酒の飲み比べを催している様子がそれが愛おしかったです。

さて、2025年は、千住宿開宿400年特別版として千住にまつわるテーマで開催している「TRiPー落語×浮世絵ー」。前回は「宿」、そして今回は…やはり千住といえば「酒」だ! ということで、「酒」をテーマにお送りしました。しかも、今回はこの日のために落語作家の今井ようじさんに書きおろしていただいた新作落語『後水酔記』にあお馬が挑戦! TRiPで新作落語が披露されるのもはじめてのこと。まさにTRiPの挑戦心燃える会になりました。

外はちゃんと秋で、空気は冷たい。
手をこすりこすり、会場の準備を進める。あお馬さんがピアノの練習をする。超自由スタイルなピアノで、いつも和む。高座をつくる、座布団を敷く、チラシを配布する、照明を調整する……これからここでたくさん笑ってもらうぞ!と…緊張しつつも落語会がはじまる前の時間がたまらなく好き。
開場時刻。渡邉晃のジャズピアノで場があたたまりはじめます。
一席目は柳家あお馬で『紋三郎稲荷』。狐皮の胴服を着た侍・山崎平馬が、かご屋に狐と間違えられたことをきっかけに稲荷様の眷属になりすます。松戸宿の本陣では大もてなしを受け、酒や料理、芸者まで上げての大騒ぎになのですが…。
かご屋のびくびくする様子、畏怖する様子がおもしろく、愛おしく立ち上がるのは、あお馬の間の取り方と声色の賜物。言葉を急がず、かご屋が一度、飲み込んでから声を出す、その一拍。はたまた、地の語りの渋さが、だましだまされる面々の滑稽なやりとりが助長され、よりそれぞれの登場人物のキャラクターがくっきりと浮かんでくる。
あお馬がそれぞれの登場人物を好いていてることがよく伝わってくる。小さな役でも手を抜かない。全部がごまかさないで積み重なって、だからこそ、安心して身をゆだねて笑えるんだなと思う一席でした。

場面転換はあお馬のピアノ。酒といえば!な曲を弾いたのですが、毎回、「さあ~何の曲を弾いたでしょうか~」というクイズが勃発します。それくらい自由なのです(笑)!

無事に場面転換とあお馬のピアノが終わり、つづきまして、渡邉晃の『浮世絵噺』! 浮世絵に関するレクチャーを「噺」にしてしまう、TRiPだけの、渡邉晃だけのもはや演芸?! 落語のあとに見る浮世絵は、いつもより少し距離が近いかもしれません。
猫が擬人化された蕎麦屋の場面や愛おしい酔っ払いのおじさんたち。赤ら顔、宴のざわつき、だらしなくて、でもどこか楽しそうな人たち。渡邉は浮世絵の細部のおもしろさにフォーカスをあて、ぐいぐい浮世絵の世界に惹きこんでくれます。北斎、英泉、広重……今日も出てくる出てくる、見逃してしまうにはもったいない、細部のおもしろさ。
「千住酒合戦」の説明にくわえて、他にも江戸の酒の飲み比べについて描かれた浮世絵の紹介も! 会場からも笑いが絶えず、浮世絵噺で江戸のユーモアにたくさん触れていただけました。


浮世絵噺の場面転換は本屋しゃんが酒にまつわる詩の朗読をしました。いつもは本屋しゃんもピアノを弾いてるのですが、あ~今回は詩を読みたいな~という謎の想いがこみあげまして…。次回以降、ピアノか朗読か…は、TRiPの反省会&作戦会議で決めることにします。

仲入りをはさんでいよいよあお馬による『後水酔記』(今井ようじ作)です! そうなのです!今井さんも大阪から駆けつけてくださいました(嬉)。
みなさま、もうお気づきと思いますが、『後水鳥記』リスペクトで「千住酒合戦」をもとにした新作落語です。なんでも、あお馬は、千住酒合戦の絵の陽気さに惚れこんで、「千住酒合戦」をテーマに新作落語を作ろうと試みたのですが…うまくいかず、はじめはChatGPTにも聞きまくったけど、コリャダメだ~おもしろくない~となったそうで。ここはやはり! プロに頼もう! と、「千住酒合戦」の絵から真っ先に顔が浮かび、あお馬の師匠である柳家小せん師匠に新作落語『夢の国コブシーランド』を書かれたこともあり、今井ようじさんにぜひ新作落語を書いてほしい!という熱いオファーをし、「おもしろそうだね!」とご快諾いただき実現しました。
『後水酔記』。出羽国から江戸へ、酒を楽しみにやって来た旅人。ところが町中を探し回っても酒が見つからず…。女中が酒を求めて奔走するうちに、町内の酒がすべて消えている理由が明らかになる。
なんでもこの日は千住酒合戦の当日で、酒はすでに買い占められていたのだった。旅人は、その酒合戦に出ると言い出して…。
まあ、なんといってもあお馬の酒を飲み酔いがまわっていく様子がおもしろい。間がのびて、声の調子がゆるんで…だんだんと顔が赤らいできているようにもみえてきます。会場は、千住酒合戦のせいで町で何がおこっているのか、酒がないかわりにどんな策を講じたかを知っていて、唯一知らないのは旅人だけ。『紋三郎稲荷』同様、酒というテーマとともに、だまし/だまされ、勘違いの要素もあり、予期しない情報のズレやそのズレを信じる人間の滑稽さ、おかしさに触れられたと思います。どこか抜けてる旅人に愛着すらわいてきて、会場にもたびたび大きな笑いがわいて、『後水酔記』がしっかりみんなを酔わせてくてました!

ふと気づくと、新作落語であることを忘れてしまっていました。それくらい、物語が自然に立ち上がっていたのです。物語の面白さに加えて、あお馬の身体に、噺がすでにしっくりと馴染んでいて、言葉も間も所作も、決して借り物のようでなく、あお馬によって咀嚼され、もう最初からあお馬の中にあった噺みたい。だからこそ、『後水酔記』の登場人物がとても生き生きしていて、あお馬が惚れたという「千住酒合戦」の絵のご陽気な様子も時を越えて重なって見えたようでした。

終演後、「いやはや、子どもの運動会を見ているような気持だった」と今井さん。あお馬は「生みの親の前で噺したから、授業参観の気分だった」と。2人とも、親心、子心、それぞれ違う緊張の心で会に挑んでいたようですが、落語家と落語作家の息の合った共犯で新しい落語が生まれた瞬間でした。この噺がずっと噺継がれて、千住の定番噺になっていくといいな。
最後にメンバー全員で集合写真!いつも仲町の家のスタッフさんに「もっとふざけて」という注文をうけるわれわれ(笑) がんばってふざけました(笑)

この夜も、会場のみんなでたくさん笑うことができて幸せでした。
はじめて来た人も、何度も来ている人も、最後には同じ温度で、同じ空気の中で、ほろ酔い気分。
引き続き、TRiPは落語と浮世絵の架け橋になれるようがんばります!
これからもいろいろなことに挑戦してまいります!
ご来場いただいたみなさま、仲町の家のみなさま、そして今井ようじさんに改めて感謝を。

舞台裏



落語会詳細
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千住開宿400年記念版
「TRiP ー落語×浮世絵ー」
第6回 テーマ:酒
開催日 2025年10月18日(土)
時間 18:00開場、18:30開演〜20:30終演予定
※18:00~開演時間までOPENING ACT 渡邉晃によるJAZZピアノ
会場 仲町の家 (〒120-0036 足立区千住仲町29-1)
https://honyashan.com/welcome/20241116trip-rakugo-ukiyoe-07/
演目
一、紋三郎稲荷 あお馬
一、浮世絵噺 晃
一、後水酔記(今井ようじ作) あお馬
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