BLOG EVENT WORKS 企画記事 笑福亭羽光 越後道中記

笑福亭羽光 越後道中記ー2

投稿日:2022-07-19 更新日:


2022年。田んぼにピンと水が張られ、青くて若い稲の苗が美しく整列している。これから来る夏を予感させる景色。そんな季節の新潟で、笑福亭羽光師匠の落語会が2つ開催された。

6月12日(日)今時書店落語会  笑福亭羽光、ゲスト:なにわ亭こ粋(新潟市中央区花町)
6月13日(月)関川村落語会   笑福亭羽光+瀧川鯉津(新潟県岩船郡関川村)

わたしは、自身が主催した今時書店落語会から関川村落語会まで、羽光師匠の新潟の落語会の旅に同行させていただいた。これは、その時の記録。羽光師匠の越後道中の話である。


新潟駅は絶賛工事中だった。方向音痴のわたしにはつらい。「ジュンク堂で待っているね」と母からSMS。はじめは、わたしひとりで落研の落語会に行こうと思っていたのだが、両親が一緒に行くと言い出したので、甘えて迎えに来てもらうことにした。変わりゆく街に、変わらずある本屋さんが嬉しい。このジュンク堂で卒論のためにジル・ドゥルーズ『差異と反復』(財津 理 訳、河出書房新社)を買ったんだ。読みすぎてページが離れてしまっているが、きっと一生手放せないと思う。久しぶりに両親に会う。相変わらず母はコムデギャルソンをうまく着こなしていた。そして、元気そうでよかった。少し歩いたところに停めてあった車に乗り込む。相変わらず父は運転がうまい。わたしも、うまく車に乗っているという気分になる。「うちのらくご-春-」の会場は西地区公民館だ。新潟大学の近くで、新潟駅からは少し車を走らせなくてはいけない。道中、いくつかお店が変わっていても、懐かしい景色。公民館の入口に、落研部員がハッピを着て呼び込みをしていた。楽屋見舞いを受付でわたし、窓際の椅子にすわる。簡素で無機質な箱だが、立派に作りこまれていた。換気のためにあけ放たれた窓から、吹き込む風の感触が懐かしかった。海のにおいが混ざっているような、そんな新潟らしい風が好きだ。

「東桂苑」から「にゃ~む」に移動する。徒歩数分の距離感だが、その間の景色がすばらしかった。近景では草花が芽吹き小川が流れ、遠景にはきっとコダマがいる山々がそびえる。空も広々としている。それにしてもみんな歩くのが早い。

もうすぐ落語会がはじまります、とアナウンスが流れる。大学生らしからぬ落ち着いた声。噛まずにすらすらと、今時の大学生はしっかりしているなと、落ち着きがなかった自分の大学時代が頭に浮かび、少し恥ずかしくなる。窓が締められる。風にゆらゆら踊っていたカーテンが、急に無表情になった。

「にゃ~む」の奥には常設された畳があり、その手前には丸テーブルがいくつかと、それを囲むように椅子が置いてあった。そして、アップライトピアノがひとつ。「これは銀杏の葉っぱで作ったお花なのよ」とおもむろに、テーブルに置かれた花を手に取り説明してくれたのは、ねこちぐらの先生。チャキチャキした元気なお姉さん。会場づくりのスタートだ。

二番太鼓が鳴り、出囃子が鳴り響く。そういえば、新潟大学に限らず落研の落語会に参加するのは、はじめてだ。部員たちの堂々とした口演が続く。

高座を作るのに、畳の上にテーブルを二台置く(ことになった)。こう見えて(どう見えて?)わたしは、書店員経験者だ。書店員とはとにかく体力がいるし、照明をいじったり、在庫をあげたりと高いところにも上らなくてはいけない。だから、荷物運びも高いところの作業にも身体が慣れていた。ロシア人の彼と一緒に力仕事を承る。「はい、座布団」とチャキチャキ姉さんが青地に白模様の座布団を持ってきてくれた。「東桂苑」の入口で猫のようにひなたぼっこしていた座布団の出番がなくなった。そのまま、おやすみなさい。どこからともなく、毛氈代わりの布も出てきた。着々と会場づくりは進む。あとは高座にあがる踏み台だ。おもむろに近くにあったキャットタワーに足をかける鯉津さん。羽光師匠も「それでいいんちゃう?」と、無邪気な二人である。おもしろいけれど、すでに鯉津さんの体重でたゆんでいるし、本当に滑ったら多方向から痛々しい。チャキチャキ姉さんが持ってきてくれた踏み台や小さいテーブルを組み合わせて高座までの段々を作った。照明も整えて、落語会会場らしく、場が整った。みんなで作ることが楽しい。

次々と落研部員さんが口演をする。いよいよめくりに「なにわ亭こ粋」の名前が出てきた。演目は、星新一の「ネチラタ事件」。江戸落語の演目ひとつ「たらちね」から着想を得たショートだ。「たらちね」は、主人公の妻の言葉遣いが丁寧すぎるために理解されず、騒動が起こる物語で、「ネチラタ事件」は逆にある日突然、この世の中の言葉遣いが乱暴になる物語。こ粋さんは、さらにそこに大阪出身の「自分らしさ」を加え、ある日突然、世の中が関西弁になっている物語に仕立てた。アイディアは素晴らしい。が、しかし、正直に言おう、彼女はとても緊張していた。がんばってと、心の中で勝手に応援するわたし。一方、上方で創作落語、今時書店の落語会でもう一度チャレンジしてくれないかしら、と落語会主催者としての視点もそこにはあった。

「音響を頼んだよ」。羽光師匠のその一言で、わたしが関川村落語会の音響を担当することになった。わたしが? できるかな?…というひんやり感もあったが、やろうじゃないか!という高揚感と、一緒に落語会をつくれる嬉しさが勝った。前日、今時書店落語会で使った音源がわたしのパソコンにすべて入っていたし、音響を担当をしてくれた落研部員の音さばきが耳に焼き付いていた。きっと、大丈夫。

翌日、今時書店で打ち合わせ。新大落研からこ粋さんと渉外担当、そしてわたしの母とわたしの4人。母は新潟になかなか行けないわたしに代わって、会場下見などをはじめから手伝ってくれていた。昨日の高座でド緊張していた、こ粋さんの印象とは違い、頼もしかった。会場を見ながら気になる点をビシビシ指摘し、当日の流れや内容についてもたくさんアイディアをぶつけてくれた。渉外担当は次の予定のために、先に帰る。「わたしはもうちょっと中村さんと話したいから残る」とこ粋さん。嬉しかった。

アップライトピアノの上にパソコンを置いてみる。ここからであれば、ちょいと椅子から腰を浮かせたら師匠方の様子がよく見える。即興音響ブースの完成だ。ピアノはうっすらとほこりをかぶっている。もう、ずいぶんと誰も弾いていないのだろう。ピアノの上におもむろに置いてあった「メッセージノート」には、ここに来るとピアノが弾けて嬉しい、ピアノに集中できるステキな空間、など、これまで、このピアノを弾いてきた人たちの言葉が書き記されていた。ふっと、いろんな人のピアノの音の気配を感じた気がする。

「新潟には、これくらいの規模感で気軽に参加できるイベントが少ないです」と、こ粋さんが話しはじめた。「今時書店落語会は、環境も企画の内容も人も、全部がぴったり合っていてとてもおもしろいと思います」と続けてくれた。こ粋さんが会のコンセプトをすくいとってくれていて嬉しかった。わたしも新潟に住んでいる時、同じ思いでいたから、こ粋さんの気持ちがよくわかった。「新潟のイベントを続けてほしいし、イベントの作り方を教えてください」。もしかしたら、わたしに似ているのかもしれないなと感じた。緊張しいなところも。

「『ニューシネマパラダイス』をやるかもしれない」。ニューシネマパラダイスは、羽光師匠の創作落語で、落語のクライマックスを映画の予告編風に噺すもので、音がふんだんに使われる、いわゆる「ハメモノ」と呼ばれる仕立てである。わたしも大好きな演目なのだが、ということは、わたしが音をハメるのか?!「師匠、練習させてください」。出囃子もひと通り、そして、羽光師匠の噺にあわせて「ニューシネマパラダイス」の音を実際にハメる。台本と羽光師匠へ交互に視線を向けながら、良きタイミングを見はからう。シャツ姿で高座にあがる羽光師匠。練習でも噺しはじめると途端に「落語家」になる。惚れ惚れしている場合ではない。音のせいで、羽光師匠の落語のリズムと間を崩すようなことも決してあってはいけない。緊張が増す。

「ところで、明日は何の演目をするの?」と問うてみる。「皿屋敷をやります。一番はじめに覚えた演目です。緊張しちゃうので…しっかりできる演目を噺します」。星新一「ネチラタ事件」も捨てがたかったけれど、こ粋さんにとって、はじめて真打の落語家と同じ落語会に参加する正念場だ。こ粋さんの想いを尊重した。いったん東京に帰る。

会場設営も落ち着き、開演まで自由時間。羽光師匠と鯉津さんは二階の控室へあがる。わたしはひとり、ピアノの上で、音響の練習を続ける。師匠方の姿を妄想しながら、ON! フェードアウト! OFF!を繰り返す。コツをつかんだところで(きっと)、外の光に誘われて、散歩にでかけた。集中すると猫背になりがちなので、思い切り背伸びをする。今度はしゃがんでみる。すこやかにしげるシロツメクサの中に四葉のクローバーを見つけた。今日の落語会のお守りに、そっと摘んでノートにはさんだ。にゃ~むには、展望スペースがあって、そこから関川村が一望できた。空の色がほんのりあたたかくなってきていて、少しずつ夕方に近づいていることが分かった。

つづく

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登場人物

笑福亭羽光(しょうふくてい うこう)
大阪府高槻市出身。奇妙でノスタルジックな世界へ導く新作落語家。読書家としても知られ、とりわけSF小説を愛読し、本や映画をモチーフにした創作落語で異彩を放つ。下ネタも華麗に落語にしてしまう。代表作は多層構造のメタ落語「ペラペラ王国」や、自身の実体験を基にした「私小説落語」シリーズ。1998年から4人組お笑いユニット「爆烈Q」として活動し、講談社週刊少年マガジンの第三十五回ギャグ漫画新人賞をきっかけに「のぞむよしお」のペンネームで漫画原作者としての活動を開始。2007年に 「爆烈Q」解散。同年に笑福亭鶴光に入門し、34歳で落語の道へ。2021年真打昇進。「ペラペラ王国」にて「第4回 渋谷らくご大賞 創作大賞」、「2020年NHK新人落語大賞」を受賞。

WEBサイト: ufukuteiukou.com/
twitter: https://twitter.com/syoufukuteiukou

瀧川鯉津(たきがわ こいつ)
新潟県長岡市出身。2010年11月、36才で瀧川鯉昇に入門。2014年11月、二ツ目に昇進。2019年4月、二ツ目ユニット「芸協カデンツァ」を発足し、リーダーに就任。毎週金曜日21:15~、FMながおか「瀧川鯉津のらくごられ〜」でパーソナリティを務める。自身のclubhouseにて毎週月~金AM9:15〜9:45に「寝ぼけマナコの朝稽古」で稽古と雑談の30分を届けている。趣味は、プロレス・格闘技観戦、麻雀、ゴルフ、銭湯巡り。

WEBサイト(落語芸術協会):http://www.geikyo.com/profile/profile_detail.php?id=250
twitter: https://twitter.com/t_koitsu

なにわ亭こ粋(なにわてい こいき)
大阪府堺市育ち(生まれは浪速区、生粋のなにわっ子)。
1999年生まれ。精神年齢2ちゃい。
新潟大学落語研究部4年。大学では農学部に在籍、山古志地域をフィールドに研究している。
日本酒の為だけに新潟に来たらしい。一番好きな銘柄は「北雪大吟醸YK35」。
実は、大阪弁より三重弁に寄っているが、大学ではバレたことがない(三重弁は祖母の影響によるもの)。

新潟大学 落語研究部
新潟県内大学唯一の落語研究部。その歴史は50ウン年と長く、「大学と市民の架け橋となる」べくお笑いを届けている。それも観て、聴いて、笑ってくださる皆さまのおかげという気持ちを忘れない。まいど、おおきに!落語以外に漫才・コントにも意欲的に取り組んでいる。その他裏方など、学生それぞれが輝けるような活動を心がけている。
WEBサイト:https://shindai-ochiken.amebaownd.com/
twitter:https://twitter.com/shindai_ochiken

今時書店
朝7:00から夜10:00まで開店している、無人の古本屋。お店の本は、9名のオーナーが選書したものでセレクトショップのような感覚で楽しむことができる。読書したいとき、黄昏たいとき、喧騒に疲れたとき、物想いに耽りたいとき、どんなときでも立ち寄れる場所。今時書店は、あなたの新しい隠れ家です。
WEBサイト:https://imadoki-shoten.com/index.html
twitter:https://mobile.twitter.com/imadoki_shoten
instagram:https://www.instagram.com/imadoki_shoten/

関川村
WEBサイト:http://www.vill.sekikawa.niigata.jp/

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