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長嶋祐成 作品展「bloom」@HATOBA・西荻窪~2022.7.16~7.24

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久しぶりのハンサム食堂。
アジアの雑踏を感じる小路を歩いていると、いや迷い込んでいると、思い出のお店に行きついた。上京してはじめて住んだ町は吉祥寺。吉祥寺だけでなく、東京の西側の雰囲気が好きで、近隣の町までよく散歩をしていた。西荻窪もそのひとつで、帰り道に「ハンサム食堂」というタイ料理屋があった。店名、好物のタイ料理、そしてキッチュな店舗のしつらえに惹かれて一杯ひっかけること、しばしば。吉祥寺を離れてからは、とんと行かなくなっていたが、数年ぶりの再訪が叶った。エリカ&やっち、teshとわたしの4人。嬉しい仲間と思い出の地に行けることは、懐かしくも新鮮で、楽しさが増す。

「ひるいちははじめてですか?」
お昼帯のいちばん最初の客ということかと思ったら、どうやら「昼市」というイベントのことらしい。西荻窪駅の南口からすぐにある柳小路通りでは、毎月第三日曜の昼に「昼市」を開催しているそうだ。本企画に参加している小路のお店で好きな食べ物や飲み物を買って、外に設置されたテーブルや参加店内で食べたり飲んだりすることができるらしい。すでに、多くの人が楽しんでいて、いろいろな食べ物の匂いとアルコールの気だるさと、汗のすっぱさが混ざり合い、こじんまりとした路地からはみ出るくらいの熱気が湧きたち、夏が賑わっていた。

好きなお店で好きな物を買って持ち寄るのもとても魅力的だけど、わたしたちは炎天下の中、歩き疲れていたこともあり、誰一人席を立とうとせず…(笑)、ハンサム食堂のランチメニューを頼むことにした。好きなおかずを2品か3品選び、ごはんにのっけて食べる方式。わたしは、パクチーサラダと鶏肉の山椒サラダを頼んだ。しっかりランチビールも、である。他の面々はグリーンカレーや牛すじ煮込みなど、元気が湧きそうなおかずを頼み、やはり、しっかり、アルコールも、である。

ハンサム食堂



「その時、何を食べたのか、食事の記録は、旅にとって大切ですよね」と話してくれたのは、魚譜画家の長嶋祐成さん。わたしが書いていた旅のブログにたびたび登場する、食の記録を読んで、その大切さに共感をしてくれた。どこに行って、何をしたのか、何を見たのか、そこで何を感じたのか…寂しいけれど、その記憶はどんどん薄らいで、ぽろぽろと崩れていってしまうけれど、「何を食べたのか」「食事の風景」を紐解いていくと、その前後の記憶や思い出がぼんやりと蘇ってくるように感じる。きっと、記録や思い出は点で刻まれるのではなくて、絵のように舞台のように、全体として目と脳に焼き付いて残るものなのかもしれないなと思う。その中で、食は生きることに直結し、旅先でのあれやこれやの経験のエネルギーになっているから、食の記憶を引き出すことで、他の記憶にもたどり着いて、絵として舞台として焼き付いた思い出の細部にたどり着けるのかもしれない。

魚譜画家の長嶋祐成さんの個展「bloom」が東京・西荻窪のHATOBAで開催されるので、エリカ&やっちを誘って、みんなで見に行くことにしたんだ。

bloom」は、長嶋さんがはじめて、魚と出会った「背景」も描くことに挑んだ展覧会。長嶋さんは、海にもぐる、釣る、すくうなどを通じて出会う魚たちのことを思い出そうとすると、魚単体ではなくて、水や海藻、珊瑚、砂利、そして太陽の光や風の気配など、その時の様子、「背景」が一緒に呼び起こされることに気づいたそうです。はじめは、魚との出会い、魚を描くことが目的だったけれど、背景は背景に過ぎなかったけれど、実は、その「背景」が魚との出会いをより「今日この瞬間、ここでの出会い」として鮮やかに形成してくれていると。

魚と背景は同じ紙ではなく、それぞれ別の紙に描き、魚を背景から少し浮かせて配することでひとつの作品が誕生していた。描き分けられ、層になり、立体になっているところから、まさに「背景」の記憶とともに立ち上がるそれぞれの魚との出会いの瞬間を感じ取ることができた。きっと、同じ種類の魚でも、出会った瞬間の「背景」が異なれば、それは全く違う出会いと経験として刻まれるのだろう。もしかしたら、背景も描くことで、魚の種類ではなく、個としての魚が輪郭をあらわすのかもしれない。

この日はとても暑くて、太陽がこれでもかと言わんばかりに、街を、道を、草木を、そしてわたしたちを照り付けていた。HATOBAの窓は大きく、そこから太陽が遠慮なしに入りこみ、作品にすっと気持ちいい色の陽を落としていた。それは、あたかも水面に反射してキラキラ輝く光のようで、この場、この時でしか感じえない瞬間を演出し、咲き乱れる色と命を生かしていた。

はじめて長嶋さんが描く魚に出会った日、魚がわたしのまわりをびゅんびゅんと泳ぎだしたような感覚になったことをよく覚えている。今日は、かれらがこちらに向かってくるのではなく、わたしが彼らの元に近づけたように感じた。だけど、それは決して、図鑑のように、この魚はこんなところに棲んでいますという説明と、それを確認するような行為ではなくて、出会いの瞬間に立ち会うことができたという感動だ。


作品を見ていると、ふと、「食の記録」についての話が頭をよぎったのだ。食は旅の目的ではなく、その周辺なのかもしれないけれど、食を思い起こすことで、旅全体が浮かび上がってくる。もしかしたら、長嶋さんが、「背景」と呼ぶ、それに近いかもしれない。

長嶋さんはめずらしく(きっと)、スーツをびしっと着こなしていた。見慣れない、その姿になじむのに少し時間がかかったけれど、言葉をじっくり丁寧に選びながら話す様子、見逃すまいという強いまなざし、そして優しい笑顔は、やはり長嶋さんで、ああ、良かった、なんて安堵する。

帰路、エリカ&やっちが誘ってくれた、「数奇和」で開催中の公募展「ギャラリーへ行こう2022」にも立ち寄ってから、腹が減ってはなんとやらで、ハンサム食堂に向かったのだ。

とある西荻窪での一日を、背景とともに、食の記録とともに刻んでおくことにする。
暑くて、スパイシーなくせに、どこか爽やかだった一日を。

展覧会情報

長嶋祐成 作品展「bloom」
会期:2022年7月16日(土)〜24日(日)
会場:HATOBA(東京・西荻窪)
http://blog.uonofu.com/bloom/

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