空を飛んでみたい。
自分の体で、風に乗って。
そんな妄想をたくさんしてきた。
自分の名前に「翔」の字が入ってるからかしら。
どうやったら飛べるだろう。翼を作ってみる?イカロスを想うと墜落してしまいそうだわ……。そんな時に出会った「メアリー・ポピンズ」の話。傘を使って、空を飛ぶことならわたしもできそう!とびきりお気に入りの虹色の傘を使えば、きっと誰よりも高く、どこまでも飛んでいけるわ。魔女のキキの箒のように、良い相棒は必要よね。とある台風がやってくるぞと天気予報が告げていた日、親に見つからないように、こっそりと虹色の傘を持って外に出た。すでに風が強く吹き、今だ!と傘をさした瞬間、一瞬にして傘は朝顔になり、空は飛べなくなっちゃうし、お気に入りの傘は壊れるしと泣きっ面に蜂状態。わんわん泣きながら家に帰ったことを覚えている。
それから、はじめて飛行機に乗った日は、とっても嬉しかった。
あ、わたし空を飛んでるって。
こんな思い出話からはじめたのは、つい最近も空を飛びたい気持ちになったから。
なぜなら、4月18日まで無人島プロダクションで開催中の
八谷和彦 個展
「秋水とM-02J」
に伺ったから。
「秋水(しゅうすい)」は日本初のロケット戦闘機。。無尾翼機です。空襲に飛来するB-29の迎撃するために作られましたが、エンジンテストや訓練は行われたものの、一回の試験飛行をするにとどまり、実際に運用されることなく、終戦を迎えました。飛行機「M-02J」は八谷さんが2003年から進めている一人乗り飛行装置(ジェットエンジン搭載)を個人で制作する「OpenSkyプロジェクト」によって誕生した飛行機。こちらも秋水と同じく無尾翼機です。その姿からお気付きの方も多いでしょう、本機は「風の谷のナウシカ」に登場する飛行用装置メーヴェから着想を得て設計されているの。飛びます!飛べます!メーヴェは実現できるの?できないの?なんて話を聞くけれど、ほら、ここに!
飛行機好きにはたまらない展示ですよね。わたしは、はじめて「M-02J」と対面しました。ガラガラっとギャラリーの入口の引き戸を開ける。高い天井が開放的で、のびのびした空間が広がり、展示会場の真ん中に、今にも飛び出しそうなM-02Jが待機していました。想像以上にかっこよくて、室内なのに機体に近づくと、空の匂いが漂い、風を切る音が聞こえてくるかのよう。そして不思議と、柔らかさを感じたの。無機質で素材は固いはずなのに。なめらかで、柔らかくて、一緒にいると心地よかったな。そして、無性に空が飛びたくなった。八谷さんが飛行されている映像がとっても気持ち良さそうなんですもの。
M-02Jのかっこよさと魅力はもちろんだけど、本展はたくさんの縁が繋がっていることを忘れてはいけないと感じた。
「人」
そもそもなぜ、「秋水」と「M-02J」のつながるのか。八谷さんがM-02Jを、偶然にも、秋水が配備される予定だった旧・柏飛行場の敷地内である柏市の十余二に保管されていたことがはじまり。偶然いや、運命?!
さらに、M-02Jを設計された四戸哲さんは、秋水運用に向けて調査を進めていた航空学者で、日本初の無尾翼機HK1を設計された木村秀政さんに連なる最後の航空機エンジニアでいらっしゃるそうです。
はじまりは、たまたまM-02Jの保管場所が旧・柏飛行場だったという偶然で、その偶然を丁寧に掘っていくと、その背景には、人の縁、そして飛行機を作る人たちの様々な想い、技、歴史が繋がっていることがわかっていったのですね。今回の展示会場では、M-02Jの周りに、そんな時代を超えたたくさんの人との縁が漂っているように感じました。
「場所」
M-02Jの保管場所が旧・柏飛行場の敷地内だったという飛行場だったという、偶然だけど、運命的な場所のつながりに加え、今回の展示が無人島プロダクションで行われていることもとても重要。
現在、無人島プロダクションが位置しているのは墨田区江東橋。
この一帯は東京大空襲で焼け野原になった場所で、同ギャラリーは終戦直後に建てられ、戦後の産業復興の一端を担ってきた旧ダンボール工場を活用しているの。
戦争を考えずにはいられない本展がここで開催される意味。
ここだからこそ感じることのできる歴史が確かにありました。
きっとね、
ある人にとっては、旧ダンボール工場
ある人にとっては、現代アートのギャラリー
ある人にとっては、飛行機の展示場
と、今の無人島プロダクションは、訪れる人によって、全く違う表情になるかもしれません。人、歴史、文化が垣根を越えて集まってきて、戦争のこと、飛行機のこと、アートのこと……いろいろなことに想いを巡らせることができる素晴らしい機会だなって感じます。
「周辺」
あと、グッときたのが、M-02Jの後ろで流れていた記録映像作品。
飛行機の映像ばかりではなく、そこには、旅先でのおいしそうな食べ物がたくさん記録されていたの。それ以外にも、他愛もない日常がたくさん映しだされていた。もしかしたら、それらは本編とは関係ないかもしれないけれど、わたしはとても大切なことだと思う。実は、その周辺とかこぼれ落ちてしまいそうな部分が、本編にとって重要な要素なんじゃないかなって。思い出や記憶は細部に宿る。だけど、誰かが保存、保管して発信しないと残らない。歴史にならない。周辺は周辺のままで終わって、こぼれ落ちてどこかに流れて消えていっちゃう。大半の思い出や記憶がそうして、残らないまま、本人がこの世を去ると同時に消滅しちゃうんだ。メアリー・ポピンズになりたかった少女の話もしかり。
ああ、あの時、あの場所で、あの人とおいしい朝ごはんを食べたな。
そんな日常と思い出が、本編への土台であり活力、そう縁の下の力持ちなんじゃないかと思うのです。とりわけ胃袋の記憶は、やっぱり強い。
それに映像を見ている人が、おいしそうなご飯をきっかけに飛行機やアートに興味を持ってくれる入口にもなり得るよね。
八谷さんは、本展のDMで「数十年〜数百年前の作品を見るとき、作品は、あるいは展覧会は手紙みたいだな、と思うことがあります」と語られています。
そして最後には「終戦末期から現在までを飛行機でつなぐ展示ですが、同時にこれが未来への手紙になると良いな、とも願っています」と想いを綴られます。
手紙。
わたしのところにも届きました。
この手紙を、わたしも未来に届けたいなと思う帰路でした。
展覧会情報
八谷和彦展「秋水とM-02J」
会期:2021年 3月11日〜2021年 4月18日
会場:無人島プロダクション(東京都墨田区江東橋5-10-5)
※詳細はギャラリーWEBサイトよりご覧ください
http://www.mujin-to.com/contact/
※本展のこと、M-02Jや秋水のことは八谷さんのnoteにとても詳しく記されています。展覧会と合わせて、ぜひ!