「大入」の札を貼る。
赤地に白抜きのその文字が、だんだんと薄暗くなってきた祖師ヶ谷大蔵の街に灯された明かりのように浮かびあがる。大入り札止めで幕を開けられることはとても嬉しく、そしてとてもありがたい。
2024年6月20日「立川寸志の落語夜学会」がBOOKSHOP TRAVELLERで誕生した。
企画・準備をはじめたのは2023年の秋頃。本屋さんで寸志さんが落語会をする意味をしっかりと持ち、ここでしかできないことに挑戦し、本が好きな人、本屋さんが好きな人にも楽しんでもらえる会にしようと、寸志さん、和氣さん、本屋しゃんで打ち合わせを重ねる日々。「講座+落語」を骨子にすることは早々から決まったものの、さて、どんな講座でどんな内容にしていこうかとアイディアを出し合い……本にとっても落語にとっても大切な「ことば」。そうだ! 「ことば」に焦点を当てることで、落語、そして江戸文化を深堀りできるとともに、本につなげることができる、「ことば」が落語と本を繋ぐ架け橋になってくれる! という想いから「ことば」を軸にする会にしようと決まりました 。
となると、大切になってくるのが「ことば」決め。また三人であーでもないこーでもないと話し合い、第一回目は「江戸の『やばい』」と相成りました。
当日。会場入りした寸志さんは、会場準備中も、開場時間ギリギリまで会場にいてくださり、準備をしながら三人で他愛もない会話をしながら過ごしました。はじめての会ということもあり、緊張しっぱなしのわたしでしたが、その時間で随分と気持ちを和らげることができて、会場の空気がほどよい緊張感を残しつつもやわらかくなって、もうすでにこの時から落語会の空気づくりがはじまっていたなと思っています。
さて定刻です。お客様もみなさまお揃いなので、まずは、アイスブレイクと称して、和氣さんと本屋しゃんのトークからはじめます。BOOKSHOP TRAVELLERの説明や落語夜学会の趣旨説明をするのですが……和氣さんとトークをするとなんだか漫談のようになるのですよね。息があっているのか?! 袖から寸志さんに苦笑されているなあと思いつつ(そういうのも和むので嬉しい)、きっとアイスブレイクができたところで冒頭のトークを終え、さあ、いよいよ幕開けです!
はじめは寸志さんの「江戸ことば講座」。
落語家になる前は、出版社にお勤めだった寸志さん。書店員になりたい! という夢もあったようで、本屋さんで、本に囲まれた空間で話せることが嬉しいと一言。そのように感じていただけて嬉しい限りですし、寸志さんが話はじめると、心なしか、本棚の本たちもいきいきしてるようにすら感じてきます。
「やばい」のプラスとマイナスの使い方についてのお話からはじまります。確かに今ではプラスやマイナス、いろいろなニュアンスで「やばい」を使いますが、江戸時代には、マイナスの意味で「やばい」は使われていたようです。その例として、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』『草津温泉膝栗毛』の一節を寸志さんが朗読をしてくれたのですが、訛り具合がいい味を醸し、もはや朗読劇を見ているかのようで、すっかり劇中に惹きこまれました。と、朗読に感動しながらも、この二作から「やばい」はもともと上方で使われていた言葉で、それが江戸に入ってきたこということを学びます。
さてさて、「やばい」について、スライドを交えながらの講義は進みます。どうやら「やばい」の語源ははっきりわかっておらず、正解がないようなのですが、牢屋や看守をさす厄場からきているのではないか、土弓を愉しむ場である矢場からきているのではないか……などなどの諸説を、地図や浮世絵を交えながら深堀りしていくので、会場もふむふむとうなずいたり、そうなの?! と驚いたり、ただ聴くだけでなく、講義に入りこんでいただいていることがよくわかりました。「江戸ことば講座」といいながら、ことばの読み解きや解説にとどまらず、地図の読み解きにまでおよび、江戸の風俗や暮らし、文化まで、当時の様子がありありと立ちあがってきました。
休むことなく落語を一席。
今回は「やばい」の語源の説のひとつ「矢場」に焦点をあてて、矢場が多くあったとされる盛り場・両国の見世物小屋が舞台のお噺を口演いただきました。
揺らぐ高座をいじっていただき、会場からは笑いが起きつつも、和氣さんと本屋しゃんは、次回までには安定した高座を作ろうね…とアイコンタクトで次への課題を語らいます。
演目は『一眼国』。
見世物小屋のおやじに何かおもしろい話、珍しい話はないかと尋ねられた落語家。ご陽気に小噺をいくつか披露するのですが、いよいよ見世物小屋のおやじが飽きれて、堪忍袋の緒が切れそう…。
今までのは「まくら」で、ここからが正真正銘のは本当のことだと「一つ目」を見たというエピソードを話しはじめます。すると先ほどと空気がピリッと変わり、本当に怖かったんだなあと、一つ目に出会った時の切迫する情景とその時の落語家の心情が良く伝わってきます。
いざ、一つ目を探しにおやじが出かけると、落語家が話していたのと同じ情景が広がります…寸志さんの「ことば」と「ことば」の絶妙な間、声の強弱…そんなひとつひとつの丁寧な語りようで、それで、どうなるの?! 落語家の話は本当だったの?! と会場がどんどん落語の世界に引き込まれていくことが良くわかりました。そう、寸志さんの落語は、ページをめくる手を止めることができなくなるように没頭させられてしまう魅力があると感じています。登場人物がいきいきと動いていることに加え、それを支える情景描写がすばらしく、実際に言葉にされていない行間すらも想像できるから、本を読んでいる時のような惹きこまれ方をするのかもしれません。
余談ですが、わたしは、『一眼国』を聴くと藤子・F・不二雄の『ミノタウロスの皿』を想起します。普通とは何か、マジョリティとは何か…。トークで話そうかしらと思ったのですが、話しそびれたのでこちらで補足。
さて、仲入りをはさんで、トーク&質疑応答タイム。お客様から事前にいただいていた質問に答えたり、本編で話しきれなかったことを存分に語り合います。本編からこぼれ落ちた部分がいいスパイスになることは多々。会場のみなさんからも自然と質問の声があがり嬉しかったです。お客様と一緒に作っている会だなとしみじみ感じていました。
やや時間は超過しましたが、まだまだ聴いていたい、語り合っていたいという声とともに、今度は夜明かし学会をしましょ~なんてアイディアが出るほど。第一回目から次なる可能性も醸されて、嬉しいとともにがんばろうと背中が伸びます。
拍手喝采での閉幕。お見送りさせていただいたお客様が笑顔でいらしたことが何より幸せでした。
本当にありがとうございました。
次回は、2024年11月14日(木)に開催!
詳細が確定したらご案内いたします。
これからも「落語夜学会」をよろしくお願いします。
追伸:本屋しゃんのつぶやき。
自由に観ればいいんだよ。
美術館に行ったことがないから、展示されている作品をどのように観たらいいかわからない。その答えとして、この言葉をよく耳にするような気がします。もちろん、どう観るか、どう感じるかは自由なのだけれど、自由はなかなか難しかったりする。本当にはじめての世界を歩くには、道をひいて、道標を立ててもらったほうが、実はより自由な感覚がひらくような気もするのです。そして、その道や道標は、その世界に慣れ親しんでいる人にとっても新しい気づきや深淵へのにもなると思います。
落語にもそのような面はあるかもしれません。立川寸志さんの「落語夜学会」はまさに、落語がはじめての人にとっては入り口となり道標となり、そして落語によく触れている方にとってはより深みにはまっていただくた機会になれたらいいなという想いでいます。
これからも「落語夜学会」を、学び場として遊び場として耕して、みなさんに楽しんでいただけるようにがんばります。
落語会詳細
立川寸志の落語夜学会
~「ことば」でひらく落語 の世界~
第1回:江戸の「やばい」
開催日:2024年6月20日(木)
時間:19:30開場、20:00開演
会場:BOOKSHOP TRAVELLER
(〒157-0072 東京都世田谷区祖師谷1丁目9−14)
https://honyashan.com/welcome/rakugoyagakukai01/