11月のある日。誕生日の前日。とある年齢でいる最後の日。
ボリューミーなフレアスカートにウエストがきゅっと締まっている黒いワンピースを着る。
お気に入りの一着。きっと細く見えるのもうれしいポイント。そこに黒いロングコートを羽織り、これまた黒いローファーを履く。真っ黒だ。
ドアを開け、外に出る。
ふっと頬を撫でた風は冷たく、コートの襟をただす。
一瞬、ぶるっと震えたけれど、空気はよく澄んで気持ちが良かった。
まずは、仕事をしに自宅から「SBY」へ向かう。
仕事を終え、「SBY」から「EBS」まで歩いた。
フレアスカートがふわりふわりと揺れるのが楽しい。洋服は身にまとったときの動き方も肝心だ、と思っている。
最近、散歩にはまっているので1駅、2駅くらいは歩くようにしている。
歩く気持ちよさに加えて、電車に乗ってしまうと気づくことができない、出会うことができない風景がたくさんあるのがおもしろい。草花の愛らしさ、その町のゴミ出しの方法、謎の置物や謎の落とし物。そして工場や商店街、この街は革屋さんが多いな、少し歩くと靴屋さんが多いんだ、などなどいろんな距離感で町の細部を楽しむことができる。あれだな、ニコルソン・ベイカーの『中二階』のような視点になる。
「EBS」についたら動く歩道を歩いた。動く歩道はいつも立ち止まるべきなのか、その上を歩くべきなのか少々悩む。
この日、わたしが「EBS」にやってきたのは、東京都写真美術館で開催中の展覧会「松江泰治 マキエタCC 」を見るため。松江さんは「画面に地平線や空を含めない、被写体に影が生じない順光で撮影する」というルールのもと、世界中を旅しながら、世界各地の地表を撮影し、写真を作っている。わたしが、松江泰治さんの作品を意識しはじめたのは、トリメガ研究所の企画展「めがねと旅する美術」展がきっかけで、以来、すっかり松江さんの世界に魅了されたのね。その後、広島市現代美術館での「松江泰治 地名事典|gazetteer」展では、これまでの作品も含めて体系的に拝見することで、すべての作品のつながりと土台を知ることができて、さらに圧倒された。
「マキエタCC」 は、都市を撮影した「CC」(シティ・コード/CityCode)シリーズと、都市や地形の模型を撮影した「makieta」(ポーランド語で模型)シリーズを一緒に並べて展示する試み。実際の都市と模型の都市が並置される。
会場は2階よ。
わたしは階段で。
駅で発見したサイネージもそうだけど、美術館に行くまでに展覧会のポスターやフラッグなどを発見すると、おお~近づいてきたぞ! もうすぐ見れる! というわくわくが高まる。そして、もはや展示室前まできたらそのわくわくは絶頂で、しかも、こんな大きな大きなバナーが迎えてくれてたら、早く会場内に入りたくて仕方ないよね(笑)
うぃーん。
展示室入口の自動ドアが開く。
え?! 宇宙?! 銀河。
素直な感想。会場内に足を踏み入れて一番はじめに起こった感情。暗黒に星々が輝く、そんな美しさが一気に押し寄せてきた。1点1点を鑑賞する以前に、展示空間が最高にかっこいいことに圧倒される。
はじめにむかえてくれるのは、 マドリッドの地質学博物館を撮影した動く写真。お姉さんがひとり真剣に展示資料を見てまわっている。自分を見ているような気持ちになって不思議。わたしもこのお姉さんのように博物館に来ている、展示を見ている、しかも「マキエタ」を題材にした作品を。この作品に一番はじめに触れたことで「鑑賞」することに対してとても意識的になれたように感じた。
松江さんが撮影する都市や地表は、遠くから見るとアラベスクなのか曼荼羅なのか、美しい模様に見えてクラクラする。そこから、あ、この都市は赤い屋根が多いなとか、青い給水タンクがたくさんあるな、洗濯物がカラフルだなとか、窓の形がおもしろいなとか、その土地土地の特徴に気付きはじめる。 模様が都市になる。 では、ここはどこだろうとキャプションのシティコードに目を向けるけど、全てのシティコードを知っているわけではないので、疑問が解決しないままのこともある。それが、またおもしろい。
さらに細部を覗き込むと「人」と「生活」が見えてくる。子どもが犬と遊んでるなあ、このおじさんどこに行くんだろう、日向ぼっこ気持ちよさそうだなあ、おいしそうにスイカたべるなあ。一気に物語が動きはじめる。俯瞰して見ている時は、あんなにも平面でフラットだったのに、急に生々しくなってくる。見ているわたしは神様か、はたまたビッグブラザーにでもなったかのような心もちで「見られてますよ~」と写っている人々に話しかけてみたりする。だけど、次の瞬間には、わたしもその都市の中を歩いている。神様をやめて人として都市を歩いてみる。たのしいたのしい。
不思議だったのが、だんだんとどれが実際の都市でどれが「マキエタ」なのかがわからなくなってきたこと。 これはどっちだ?! とても精巧な模型もあれば、ちょっとクスっとしてしまう模型らしい模型までさまざまだったけれど、それでも現実と模型の境界線が溶解していった。人が作った都市を、誰かが模して作った型を、撮影した写真をわたしは見ている。いろんな人の視線がわたしの前で交差している。 どこの都市の写真なのか考える、現実かどうかを考える。もう松江さんのゲームに迷い込んでますよね。だから、とっても楽しいのだよ。現実も模型もフラットにこの世界の一コマとして体験することで、たんたんと図鑑をめくっているような爽快感もあった。
どうせなら世界のすみずみまで見逃したくないな、すみずみまでおもしろがりたいな、そんな気持ちで散歩をしているわたし。だけど、散歩ではすみずみは見えても俯瞰はできない。松江さんの作品に触れると、神様にもなれるし、顕微鏡をのぞくこともできる。そして自分がこの世界のどこかに存在していること感じることができる。
そしてやっぱり、旅がしたくなった!!!
うぃーん。
会場を出る。大きな大きなバナーが待っている。
このバナーに使われている写真が本当に大きな大きな写真で、その前ではさすがに立ちすくんだ。
図録を買う。図録のイメージが覆される。
要らない言葉はいらない。そんないさぎよさ。
展覧会会場さながらに写真をたのしむことができる。
とてもおすすめ。
大満足で美術館を出るとあたりはすっかり暗くなっていた。
恵比寿ガーデンプレイスは華やかな電飾で彩られ、たくさんの人がその様子を写真に収めていた。ホリデーシーズンですね。
そんな賑わいを横目に、わたしは「AKB」へ。
落語を堪能してから帰路についた。
全身真っ黒なわたしはうまく夜に溶け込めた。
相変わらずスカートは楽しそうに揺れていた。
展覧会情報
松江泰治 マキエタCC
会期:2021年11月9日(火)~2022年1月23日(日)
会場:東京都写真美術館(〒153-0062 東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内)
※詳細は美術館WEBサイトをご覧ください
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4031.html
【同時開催中】
松江泰治「makietaTYO」
会 期:2021年11月20日(土)ー12月25日(土)
会 場:TARO NASU(〒106-0032 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル4F)
※詳細はギャラリーWEBサイトをご覧ください
https://www.taronasugallery.com/exhibition/current/