アトレ上野内にあった「明正堂書店」が2022年5月10日に閉店した。
上野に行く度に立ち寄り、ステキな本との出会いをプレゼントしてくれた本屋さんだった。
創業110年。明治45年3月に上野に誕生し、下町を中心にお店を展開していた。アトレ上野店は、明正堂最後の書店だったそうだ。
わたしも最終日に伺った。
出版社の方と書店員さんが最後の挨拶を交わされているシーンがそこかしこで見られた。
嗚呼、終わっちゃうんだなと、ひっそりと寂しさがこみあげる。
棚は隙間が目立っていた。残った本がバランスを崩して、隣の本にもたれかかっていた。 多くの本が旅たっていったのだろう、 最後まで愛されていることが、その光景からよくわかる。
だけど、それくらい。あとはいつも通りの明正堂書店さんだった。
コミック、文芸、新書、美術書、新刊、あとは気の赴くままに、店内をぐるっとまわる。
これがいつものわたしの明正堂書店さんでの冒険の仕方。
美術書コーナーの隣には自然・科学関係の書籍が並んでいた。
わたしはこの並びが好きだった。
ふと、星の本が目に飛び込んできた。
『星三百六十五夜 春・夏』
『星三百六十五夜 秋・冬』
野尻抱影著、中央公論新社著
星をひとつひとつ掴みたくなるような美しい装丁(なるほど、クラフト・エヴィング商會さんのお仕事だ)、
そして、帯には「星を愛し続けた詩人からの贈り物」の一言が記されている。
初版は1978年で、春と夏と秋と冬で分かれていたものをこのたび合本したらしい。
ページをめくると、古今東西の詩文とともに、星に関するエッセイが収録されている。
星という言葉が持つロマンチックさと詩とエッセイの言葉の美しさが溶け合って星屑となりページをめくるたびにこぼれおちてきそうだった。
はっと、思い出す。
そういえば、小さい頃、星の本や星座にまつわる神話や伝説の本を読むのが好きで、 いつか星を研究する人になって、 いつでも星空を楽しめる家に住んで、 望遠鏡を毎晩覗くんだ! 新しい星座を発見するんだ! なんて思っていたことがあったなと。
今でも空を見上げることは好きだけど、忘れていた夢だった。
獅子座、大熊座、北十字星…。
星や星座の名前が懐かしく、頭の中でこだまする。
本屋さんは旅をさせてくれる。新しい出会いをもたらしてくれる。そんな想いで、BOOKSHOP TRAVELLER刊の「本屋と旅」をテーマにしたZINE『BOOKSHOP TRIPS』に「本屋で旅してた」と題した小文を寄稿させていただいた。いかに本屋さんでの壮大な旅を楽しんでいたのか、 本屋さんが興味関心を育ててくれたのか、 について書いた。それくらい、わたしにとって本屋さんは未知と遭遇するための空間なのだ。
だけど、今、わたしは本屋さんで忘れていた夢に出会った。
新しい出会いや発見ではない。
過去の夢だ。
忘れてしまうほどの儚い夢。
星の夢。
本屋さんは、自分でも忘れてしまっていた自分に出会わせてくれる場所なのか。
新しさに出会った時とは違う喜びがこみあげてきた。
わたしは11月生まれの蠍座だ。
だから「秋・冬」を買おうかしらと思ったけれど、やはり、季節に合わせて「春・夏」を買った。
しばらく、本書をお供に空を見上げようと思う。
最後に明正堂書店さんで買った本のお話。
帰り道、もうすぐ一番星が顔を覗きそうな空だった。
明正堂書店さん 、ありがとうございました。