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新収蔵記念 特別展 「松江泰治 JP-32」@島根県立石見美術館~2022/8/24

投稿日:2022-08-14 更新日:

飛行機に乗っている。
とても久しぶりに。
とても久しぶりに、空を飛んでいる。
とても久しぶりに、空を飛んでるってすごいなと感動する。

陸、海、そして雲へ、雲の上へ。
この地球の層をつき抜けていく。


ぼーっと窓の外を眺めていると、やがて目的地が雲の切れ間から顔を覗かせる。「島根」。松江泰治さんもこんな視点で島根を見つめたのかな、なんて思いながら。

松江さんの展覧会を見に旅をするのは何度目だろう。松江さんはいつも旅をさせてくれる。写真の中ではもちろん、今回のように実際に旅をしなくちゃと、旅への道を敷いてくれる。

石見・萩空港に着いたのは、朝の9:40。曇天。
山陰の天気は変わりやすいよと言われていたので、旅中は晴れているといいなと祈りつつ、「雨女」と、よく指摘されることが頭をよぎる。ところで雨女は妖怪なのだろうか、雪女のように? と疑問を呼ぶ。ちなみに、見事に雨が降ってきた。

新収蔵記念 特別展 「松江泰治 JP-32」@島根県立石見美術館
が旅の目的だ。オープニングの日に開催される松江さんのトークイベントを拝聴したく、その時間に合わせて前日入りをした。

展覧会初日。ホテルを出ると、昨日とは打って変わって、太陽がこれでもかと光を放ち、夏が全開に地球に降り注いでいた。ビルや高層の建物はほぼなく、空がとても大きくて広い。ちょっと背伸びをすると、そのまま吸い込まれていきそうな感覚になる。昨日よりはっきりと遠方の山々が見える。青と緑にはさまれて、気分はあの頃の夏休みだ。


美術館までは歩いて向かう。車での移動が中心とみえ、あまり人が歩いていない。途中、真っ黒に日焼けをした3人組の青年たちを追い越したり、追い越されたり。サンダルに、短パン、だぼっと着たTシャツは袖を捲し上げている。そんな光景に、あの頃の夏休み感は加速する。わたしも歩きながら、汗がじとっと肌をつたってきたので、負けじとTシャツの袖をくるくるっと捲し上げた。すでに、今年の夏の痕跡として、腕は揚げ春巻きのような色になっている。

島根県立石見美術館は、松江の島根県立美術館に次いで、2005年にできた、島根県の二つ目の県立美術館。劇場との複合施設である島根県芸術文化センター グラントワ の一翼を担っている。コレクション方針は、「石見の美術」「森鷗外ゆかりの美術家の作品」「ファッション」の3本柱。わたしは、トリメガ研究所と出会ったことで、トリメガ壱号の川西さんがいらっしゃる島根県立石見美術館と出会うことができた。はじめて訪問したのは、「美少女の美術史」展、続いて「めがねと旅する美術」展。どちらもトリメガ研究所による企画展。松江さんの作品と向き合うようになったのは、めがね展がきっかけで、はじめて松江さんとお会いしたのが、ここ石見だった。そして、今日、石見で松江さんの個展を拝見することができる。なんと、まあ、嬉しいことなのだ。

キラキラと美しい輝きが目に入り込んできた。美術館はすぐそこだ。石見美術館は、地元の特産品である石州瓦を28万枚も用いられている。その瓦が太陽光を浴びて光彩を放っているのだ、キラキラと。遠くから見ると虹色のようにも見え、だんだん近づいていくと、石州瓦ならではの赤色が鮮明になってくる。赤いと言っても、毒々しいわけではない。土のエネルギーを抽出したような、燃える赤だ。だから、あの頃の夏休みの青にも緑にもよく溶け合い、ここならではの美しい風景を作り上げている。

今回の展覧会は松江さんが島根を空撮したシリーズ《JP-32》が、全40点すべて収蔵されたことを記念して開催された。「JP-」は松江さんの各都道府県を空撮したシリーズ名で、「32」は島根県の都道府県番号。そう、みなさん、知ってか知らでか、各都道府県には番号があるのですよ。ちなみに、わたしの故郷 新潟は「15」。それにしても、松江さんファン、石見美術館ファンとして、全点収蔵が嬉しく喜ばしいな。

展示室前には縦長のバナーがひとつ、少し間をおいてもうひとつ、吊り下げられていた。それによって展示室前のがらんとしたエントランス空間に、飛び石を敷いたような良いリズムが生まれていて、展示室内にぐいっと引き込まれていった。やってきたぞ! という思いが膨らむ。

松江泰治《JP-32 04》 2018年 島根県立石見美術館蔵-「松江泰治 JP-32」展示風景

グラントワの空撮にはじまり、島根の自然や町、工場、農場…の空撮が並ぶ。決して、名所と言われるところばかりではない。おもしろい形、気になる建物、空だから気づける不思議…何気ないくせに心惹かれる光景たち。ばっちり切り取られた中に、偶然の一瞬が写りこんでいたりするからおもしろい。張りかけのビニールハウスとか、ね。飛行機で島根を上から眺めながらやってきた。それに、昨日は海岸沿いをずっとずっと散歩したんだ。だから、写真を見ながら、このあたりは飛行機で飛んだかしらん? ここは歩いた海岸に似ているな、なんて自分の経験にも引きつけられるから、より近い距離で作品と向き合うことができる。地元の人たちは、わたしのようなよそ者とは違う新鮮さと発見があるんだろうな。

「松江泰治 JP-32」展示風景



ひいても近づいても多くの気づきを与えてくれる松江さんの作品。いつも顕微鏡と望遠鏡と裸眼を行ったり来たりするような感覚を抱いていたけれど、今回新たに、ジョギング中に、遠景と近景が一気に迫ってくる感じに似ているのかも、という気持ちに気づいた。走っていると、遠くを見つめながら走るから、その道を、場所を、もっといえば地球を俯瞰できる。と同時に、そこに咲く花や雑草、虫や、たまに蟹とか、細部も見えてきて、遠近が自分の体を包み込んでくる。そう、この気持ち。

「松江泰治 JP-32」展示風景

展示を拝見した後、松江さんと川西さんのトークに参加。ご本人の言葉に近く触れることができることは、とても嬉しい。
そこでぐっと心に残った言葉がある。

「チャーミング」
「斜に構えない」


松江さんは、トークの中で「この建物チャーミングでしょ?」 という具合にたくさんその言葉を口にされていた。そうか、松江さんはこの世界のチャーミングを撮っているんだと、やけにしっくりきた。この世界にはチャーミングなものがきっとたくさんあるのだけれど、多くは見逃されがちだと思う。名もなきチャーミングたち。誰かが拾わなければ忘れ去られるだけのものが大半だろう。松江さんは自身の写真を「現代の風土記」と呼ぶ。このチャーミングたちが風土記にのって、後世にも気づいてもらえるんだなと思うと嬉しくなった。

最後に、聴衆から、松江さんが写真を撮る際に気を付けていることや方法についての質問がでた。松江さんは「斜に構えない」ことだと答えた。「斜めは簡単なんだ、正面は難しいんだよ」と。松江さんは地上を撮影する時「画面に地平線や空を含めない、被写体に影が生じない順光で撮影する」というルールを設けている。そのゲーム性がとてもおもしろく、わたしが心惹かれる点だ。それはきっと気持ちの面にも通じるのかなと思った。世界中を旅して、写真を通じて世界中を採集する、正面から自身の興味と世界のおもしろさに対峙する松江さんの生き方そのものなのかもしれないな、なんて思いを巡らす。


わたしも、斜に構えずに、チャーミングに生きたい。

美術館を出ても、まだまだ暑く、空はますます青くなっているように感じた。
その青に吸い込まれるように、美術館の近くを少し散歩した。
噂の天然錦鯉の大きさには度肝を抜かれたが、橋の欄干から川を覗き込む時間が愛おしかった。

振り返ると、変わらずキラキラと輝く美術館がある。
ここにしかない景色。
ここにしかない色。
ここにしかない光。

松江泰治さんと出会って、旅すること、移動することの大切さへの気づきと、楽しみが増したようだ。
これからもいっぱい歩いて移動してこの世界をたくさん見なくちゃだな、と来た時よりも少し大股で帰り道を踏みしめた。

展覧会情報

新収蔵記念 特別展 「松江泰治 JP-32」
会期:2022年7月23日(土)~8月29日(月)
会場:島根県立石見美術館

※展覧会の詳細は美術館のWEBサイトをご覧ください
https://www.grandtoit.jp/museum/matsue_taiji_jp-32

※島根県立石見美術館「松江泰治 JP-32」展示作品40点が収録された、最新作品集『JP-32』は、オンラインストアでも購入できますよ~。
https://fromeditionnord.stores.jp/items/62f353ecd889371c1880b279

美しい装丁。解説や論文はない。見事に写真に、島根の美しい地形に没入できる素晴らしい一冊だと思います。

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