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笑福亭羽光 越後道中記ー5 【最終回】

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2022年。田んぼにピンと水が張られ、青くて若い稲の苗が美しく整列している。これから来る夏を予感させる景色。そんな季節の新潟で、笑福亭羽光師匠の落語会が2つ開催された。

6月12日(日)今時書店落語会  笑福亭羽光、ゲスト:なにわ亭こ粋(新潟市中央区花町)
6月13日(月)関川村落語会   笑福亭羽光+瀧川鯉津(新潟県岩船郡関川村)

わたしは、自身が主催した今時書店落語会から関川村落語会まで、羽光師匠の新潟の落語会の旅に同行させていただいた。これは、その時の記録。羽光師匠の越後道中の話である。


朝4時。ほとんど眠れなかったな。お風呂は24時間は入れるとのことだったので、朝風呂もちゃっかりといただく。またもや貸し切りなので、頭も身体も目覚めさせるべくのびのびと湯に浸かった。朝ごはんをいただく前に、お風呂場の休憩スペースでまたもや漫画を読む。東村アキコさん『雪花の虎』。ちょうど今時書店落語会の打ち上げで話題にあがって読みたかったので、ここにあることがラッキーだ。

漫画を読みふけっていると、目の前に羽光師匠。
「おはようございます!」 リラックスしすぎていたので、すっと姿勢を正す。「よく眠れましたか?」と当たり障りのない質問。なんだか師匠はとても爽やかで、ばっちり目覚めている感じがした。「すぐに寝たし、よく眠れたよ」、ひとまずうまく眠れていたことに安心をした。

せっかくなので聞きたかったことを尋ねてみた。「ニューシネマパラダイスを演ろうと決めたのはいつだったのですか?」「仲入りの時だね。やはり、攻めなくてはと思ったよ。それに、二人会の時はそれぞれに役割があるというか。鯉津が古典をしてくれたから、じゃあ僕は僕らしく創作落語をしようと決意できた」。わたしは、羽光師匠のWEB「寄席つむぎ」での連載コラム「SFと童貞と落語」の中で、「あの頃と変わらずブルーハーツは鳴っている」が好きだ。お客様の層を見て今日は可もなく不可もなく終えようか、攻めても仕方ないな…と思っても次の瞬間、パンクが頭の中で流れて、高座で下ネタを噺ているという、師匠の落語への向き合い方が記されていて、最高にしびれた。きっと、関川村でもぎゅい~んとパンクが流れたんだろうと思う。お客様とだけではなく、落語家さん同士の駆け引きと空気の読み合いがあることを学び、ひとりひとりに注目するだけでなく、今度はもっと会全体を俯瞰して聴いてみようと思った。朝ごはんも何と豪華なラインナップ。普段バナナ一本のわたしには多いのだけど、おいしく完食した。

朝3時30分。目が覚める。カーテンを開けると夜とも朝ともつかない景色が広がっていた。まだ人気のない世界を写真に収めてみる。ベッドの端っこに座り、二度寝ができないことを悟る。羽光師匠はネタおろしが近いため、チェックアウト11時ぎりぎりまで練習をされる予定だ。あと7時間以上ある。ベッドにあおむけにバタンと倒れて天井を見つめながら、まずは駅が開いたら、関川村に行くための電車の切符を手配しよう、それから行き方をもう一度確かめて、そうだ師匠の飲み物とかも買って…やることをぐるぐる考える。

往路のように電車を逃すことはできない。少し早めにロビーで待ち合わせる。わたしはそれより少し早く部屋を出て、宿の蔵の中を見学させてもらった。二階建ての蔵で、一階にはスノードームが、二階にはさまざまなアーティストによるカエルの作品がたくさん展示されていた。女将が集めたという。ついつい見入ってしまって、我に返ると「あれ、ここどこだっけ」という気持ちになった。

蔵を出ると師匠方がお揃いだった。「お待たせしてすみません」と近づくと、「生配信中」とツッコまれる。鯉津さんのclub house番組「寝ぼけマナコの朝稽古」の配信をしていたらしく、わたしの余分な声がお邪魔してしまった。ちょこんとロビーの椅子に座り、のんびりとした雰囲気でお話されている光景にほのぼのしつつ、落語家さんのいろいろな表情に出会えることは、なんと贅沢であろうと思う。女将のご厚意「越後下関」駅まで車を手配していただいた。一晩限りだったけど、大変お世話になった。「お姉さんも、また一緒に来てくださいね」と女将。そうですね、また師匠方のお手伝いで再訪できたらいいなと思う。

コーヒーをとても欲していたので、駅で用事を済ませながらしばし一服。今時書店落語会には、東京から参加していただいたお客様がいた。その方が、帰れらるというので、駅でお見送りをする。「新潟のごはんはおいしいですね~」と、朝ごはんの写真を見せてくれた。白米、栃尾揚げ、枝豆に…カレーまで。落語会以外にも新潟を楽しんでもらえてよかった。また、東京で会いましょう。ホテルに戻り、チェックアウトの時間まで、今時書店落語会に参加していただいたお客様にお礼のメールを書いた。カーテンから差し込む光で、朝がだんだんと昼に向かっていくのが分かった。

「越後下関」駅。線路の向こう側には田圃と山が広がり、風に揺れてこすれあう草木の音、そこに差し込む気持ちいい太陽の光。9時48分。電車がホームに入る。越後下関発の米坂線で米沢に行って、そこから新幹線で東京方面に向かうというルート。計4時間近くかかる。羽光師匠はネタおろしの練習、鯉津さんはお昼寝。わたしは、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』を読み、「退屈の反対は『楽しい』ではなく『興奮』」とノートにメモした。今回の落語会はまさにわたしにとって興奮だったかもしれない。「羽前松岡」「羽前沼沢」「羽前椿」「羽前小松」…「羽前」が多いことに気づく。なるほど、明治時代に出羽の国が南北に二分した南の部分が羽前らしい。本を読む以外ぼーっとしていたら意外とすぐに時間が経った。11時31分、米沢着。

チェックアウトを済ませて、特急 いなほに乗り込む。車中、羽光師匠と「夢」の話をした。将来の、ではなく眠っている時に見るほう。ウルトラマン怪獣とままごとをする夢、凶器を持った人に追いかけられる夢…それぞれどんな意味があるのでしょうね、なんて夢判断についても考えた。坂町で鯉津さんと合流。そう、もう皆さんご存知、ストローハットに透明縁の眼鏡をさらりと着こなす鯉津さんだ。

新幹線に乗り換える。駅のホームで牛肉弁当「牛肉どまん中」を買ってお昼にすると良いと、関川村落語会の主催の方にオススメしていただいたけど、朝ごはんをたらふくいただいた我々の胃袋には牛も飯も入る余裕はこれっぽっちもなかった。無念、また今度。わたしの前に羽光師匠、斜め前に鯉津さんが座る。座席の隙間から、羽光師匠が練習をする声が伝わり、ぼんやりとその様子が窓ガラスに映りこむ。無意識に見つめてしまう。目は口ほどにものをいうともあって、「視線」もなかなかにノイジーで邪魔してしまうよなと気づき、しぶしぶパソコンを取り出して、意識を仕事に向ける。嗚呼、こうして日常にどんどん戻っていくのかと、キーをぱちぱちたたきながら、日常に戻りゆくグラデーションに身をゆだねる。

大宮。池袋演芸場での春風亭柳雀師匠、春風亭昇也師匠の真打昇進襲名披露興行で出番のある羽光師匠と番頭を務める鯉津さんはここで降車する。みんなでの旅の終わりと、お2人とのお別れは正直に寂しかった。いってらっしゃいませと、お辞儀をして師匠方を見送る。ポツネン。ホームを歩く師匠方の後ろ姿に不思議と疲れは感じずに、もう気持ちが次に向かっていることが分かった。師匠方のおかげで、とても楽しく、幸せな旅でした。ありがとうございますと心の中で想い、わたしも次に向わなくてはと姿勢を正す。上野、馴染みの駅に着いて、なんだかほっとする。

「鬼の美学」、そして「はてなの茶碗」「ニューシネマパラダイス」を噺されたchaabeeでの落語会。連日、わたしの傍にあった「ニューシネマパラダイス」はすでに頭のなかに叩き込まれていて、音響を担当したいと思っていたのはここだけの話。羽光師匠が作る落語は巧妙だが、気取っていないし、かっこつけでもない、人間味豊かなところが魅力的。受け入れてくれる落語、そんな気がする。わたしもそれに救われた一人。

「どんな生き方も肯定してくれ、応援してくれる懐の深さがある。自分らしい生き方ができる場所」。はて、羽光師匠の落語こそ、その場所ではないだろうか。また、羽光師匠の落語を日本全国に春風のごとく届けられるよう、わたしも頑張ろうと、闘志いだきて帰路に着く。

数日間の旅が夢になる前に書き留めた。
いつの間にかやってきた真夏のような日に。
羽光師匠と、関わってくれた、支えてくれた全ての人に感謝を込めて。

2022年7月
中村翔子/本屋しゃん

終わり

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登場人物

笑福亭羽光(しょうふくてい うこう)
大阪府高槻市出身。奇妙でノスタルジックな世界へ導く新作落語家。読書家としても知られ、とりわけSF小説を愛読し、本や映画をモチーフにした創作落語で異彩を放つ。下ネタも華麗に落語にしてしまう。代表作は多層構造のメタ落語「ペラペラ王国」や、自身の実体験を基にした「私小説落語」シリーズ。1998年から4人組お笑いユニット「爆烈Q」として活動し、講談社週刊少年マガジンの第三十五回ギャグ漫画新人賞をきっかけに「のぞむよしお」のペンネームで漫画原作者としての活動を開始。2007年に 「爆烈Q」解散。同年に笑福亭鶴光に入門し、34歳で落語の道へ。2021年真打昇進。「ペラペラ王国」にて「第4回 渋谷らくご大賞 創作大賞」、「2020年NHK新人落語大賞」を受賞。

WEBサイト: ufukuteiukou.com/
twitter: https://twitter.com/syoufukuteiukou

瀧川鯉津(たきがわ こいつ)
新潟県長岡市出身。2010年11月、36才で瀧川鯉昇に入門。2014年11月、二ツ目に昇進。2019年4月、二ツ目ユニット「芸協カデンツァ」を発足し、リーダーに就任。毎週金曜日21:15~、FMながおか「瀧川鯉津のらくごられ〜」でパーソナリティを務める。自身のclubhouseにて毎週月~金AM9:15〜9:45に「寝ぼけマナコの朝稽古」で稽古と雑談の30分を届けている。趣味は、プロレス・格闘技観戦、麻雀、ゴルフ、銭湯巡り。

WEBサイト(落語芸術協会):http://www.geikyo.com/profile/profile_detail.php?id=250
twitter: https://twitter.com/t_koitsu

なにわ亭こ粋(なにわてい こいき)
大阪府堺市育ち(生まれは浪速区、生粋のなにわっ子)。
1999年生まれ。精神年齢2ちゃい。
新潟大学落語研究部4年。大学では農学部に在籍、山古志地域をフィールドに研究している。
日本酒の為だけに新潟に来たらしい。一番好きな銘柄は「北雪大吟醸YK35」。
実は、大阪弁より三重弁に寄っているが、大学ではバレたことがない(三重弁は祖母の影響によるもの)。

新潟大学 落語研究部
新潟県内大学唯一の落語研究部。その歴史は50ウン年と長く、「大学と市民の架け橋となる」べくお笑いを届けている。それも観て、聴いて、笑ってくださる皆さまのおかげという気持ちを忘れない。まいど、おおきに!落語以外に漫才・コントにも意欲的に取り組んでいる。その他裏方など、学生それぞれが輝けるような活動を心がけている。

WEBサイト:https://shindai-ochiken.amebaownd.com/
twitter:https://twitter.com/shindai_ochiken

井山弘幸(いやま ひろゆき)

新潟大学人文学部教授を経て、現在同名誉教授。専攻は、科学思想史、科学哲学。好みの主題は、幸福論、偶然性、科学と文学、物語論、お笑い文化論。趣味は、落語などの演芸鑑賞、ピアノ演奏、旅行、ドラマ鑑賞。著書に『偶然の科学誌』、『現代科学論』、『鏡のなかのアインシュタイン』、『パラドックスの科学論』、『お笑い進化論』など。訳書に、『知識の社会史』、『科学が裁かれるとき』、『ハインズ博士の超科学をきる』など。現在、ピーター・バークの『博学者論』の翻訳中。

twitter: https://twitter.com/brunnenberg1955
note: https://note.com/brunnenberg1955/

今時書店
朝7:00から夜10:00まで開店している、無人の古本屋。お店の本は、9名のオーナーが選書したものでセレクトショップのような感覚で楽しむことができる。読書したいとき、黄昏たいとき、喧騒に疲れたとき、物想いに耽りたいとき、どんなときでも立ち寄れる場所。今時書店は、あなたの新しい隠れ家です。
WEBサイト:https://imadoki-shoten.com/index.html
twitter:https://mobile.twitter.com/imadoki_shoten
instagram:https://www.instagram.com/imadoki_shoten/

関川村
WEBサイト:http://www.vill.sekikawa.niigata.jp/

本記事執筆中に令和4年8月3日からの大雨による災害のニュースを知りました。関川村、及びその他の地域で被災・避難されたみなさまに心よりお見舞い申し上げます(2022年8月10日)。

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