3月7日は、あなたが生まれ変わった日。
だから今日をHAPPY ‘RE’ BIRTHDAYと名付けよう。
突然のことだった。
予期せぬ事態だった。
その日の夜、浅草で食事をしていたわたしのiphoneが鳴り響く。
立て続けに。いろんな人たちから。
同時に、メッセージやメールをたくさん受信する。
立て続けに。いろんな人たちから。
どれも内容は一緒だった。
「旦那さんが倒れて救急車で運ばれました。すぐに病院にむかってください」
よくわからなかった。すぐに飲み込めなかった。
「ダンナサンガタオレテ、キュウキュウシャデハコバレマシタ。スグニビョウインニムカッテクダサイ」
一緒に食事をしていた方に、「早く行きなさい」と言っていただき、病院への行き方まで教えてもらい、ようやく、「あ、急がなくちゃ、早くいかなくちゃ」と正気になれた。もし、一人だったら、パニックになってしまっていたかもしれない。
タクシーに乗り込む。
車中では、かかってきた電話に折り返し、受信したメッセージに返事をし、一体、今何が起こっているのか、情報収集に努めた。だけど、何で倒れたのか、この時点ではわからない。とにかく突然倒れたのだと。
ほどなくして病院につく。
救急外来の待合室に急ぐ。お行儀悪かったけど、全力で走った。
待合室では、彼の会社の上司の方が待っていてくれた。
時はすでに22:00を回ろうとしている。
すぐに彼に会えると思ったのに、それから数時間、待合室で待つことになった。
最悪の事態を考えてしまう負の気持ちと、大丈夫と言い聞かせる自分が交互にやってくる。ただただ、時計とにらめっこをする。他にも待っていた人が、どんどん呼ばれていく。寂しくなってくる。
ようやく呼ばれる。
早く彼に会わせてという気持ちと、会うのが怖いという気持ちで、心臓がドキドキと高鳴った。
いかにも病院というカーテンを開けると、水色のパジャマを着て、簡易ベッドに横たわる彼がいた。朝、着ていた洋服がたたまれておいてある。
いつも担いでいるリュックと一緒に。
「きたよ。遅くなってごめんね」
この一言を言うのに精いっぱいだった。
すると、彼は「脳梗塞だって」という。
全くろれつがまわっていなかった。
だけど、意識はあるし、話すことができる。
「大丈夫、大丈夫だよ」と言いながら、わたしは、彼の手を握ることしかできなかった。この“大丈夫”は、彼に向けてでもありながら、自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。
入院の手続きをする。すでに、日をまたいでいる。
外は静かで、夜の空気になっている。
その日は、特別に彼の病室に泊まらせてもらうことにした。
簡易ベッドはない。来客用の小さな椅子に、膝を曲げて体を小さく折りたたんで寝た。少しは眠れたような気がする。
病室からは東京タワーがよく見える。
こんな時だが、それはとても美しかった。
翌朝、いったん家に帰り、彼の着替えなど、入院の準備をそろえて、再び病院へ向かう。それから、わたしは家、職場、病院を行ったり来たりする日々を送った。家族や職場の仲間、友人には本当に助けられた。心より感謝を伝えたい。
彼は、治療にはげみ、リハビリをがんばった。
ずっと点滴だったのが、ウィダーインゼリーになり、献立表に記載されているメニューを食べられるようになった日はとても嬉しかったね。
起きることも、立ち上がることもままならなかった彼は、日に日にできることが増え、元気になってきた。
そこには変わらず東京タワーがあった。
彼は、一度も弱音を吐かなかった。
イライラもしなかった。
また、君とふざけて踊るんだと、来る日も来る日もリハビリにはげんだ。
そんな彼の強さのおかげで、わたしも「平常」でいることができた。
外出が認められ、外泊が認められる。
一緒にコーヒーを飲んだり、ご飯を食べたり。
あぁ、彼がいる。幸せだなって。
退院できた日は、本当におめでとうと思った。
少し後遺症が残った彼。
きっと、不自由なことがたくさんあると思う。
それでも、やっぱりイライラしないで、一緒に生活を送っている。
君と、またこうしてふざけて踊ることができてよかった、と。
僕はあの日に生まれ変わったのだと。
3月7日。
あなたは生まれ変わった。
HAPPY ‘RE’ BIRTHDAY。
思いきり、お祝いしよう。
思いきり、ふざけて踊ろう。
※本記事の初出は2020年3月7日noteにて。