ピンク映画のチラシがびっしりとに敷かれたカウンターで、ひとりちびちびと瓶ビール「赤星」を飲む。
生ビールをぐびぐびと飲むのは大好きだけど、最近、瓶ビールをゆっくり楽しむのもいいものだなと思うようになってきた。
ほんのりと酔っぱらって虚ろな目をしていたのでしょう、カウンター越しにスタッフのお姉さんがすっと犬のぬいぐるみを差し出して、話しかけてくれた。
「犬の口に指を入れてみて」
やや警戒しながら人差し指を突っ込んでみると……犬がハムハムしてきた。やだ、気持ちいい。
「ひとりでいらっしゃるお客さまも寂しくないようにって都築さんが持ってきたの。気持ちいいよね~,クセになるよね~」
そんな会話をきっかけにお姉さんとの会話が弾み、2人の間に共通の知人がいることが判明したり、どんどん話題が深まっていっって、帰るころには、すでに「ここで羽光師匠の落語会を作りたい」と伝えていた。
都築響一さんの個人コレクション美術館「大道芸術館」。
元料亭を改装して2022年10月に、東京墨田区の花街・向島にオープンした。
結構ひっそりめに。
わたしはかねてより都築さんのお仕事を尊敬していたこともあり、本館のオープンを知った時、伺える日を心待ちにしていた。
そして、いざ、足を踏み入れてみると、鳥羽国際秘宝館・SF未来館の人形や見世物小屋の書割、春画人形、ピンク映画のチラシにバッド・アート……。
「昭和の息吹・大衆文化を現代アート」としてとらえている同館は、著名な現代アーティストの作品も、名もなき作家の作品も、同じアートとしてフラットに展示してあった。
SF! エロス! ノスタルジー! めっちゃカオス! と昭和の熱気がむんむんしている。2階のBAR「茶と酒 わかめ」で、女将を囲んで来館者たちが談話する様子はまさに昭和のサロンに迷い込んだようだった。
SF、エロ、ノスタルジー。
この3拍子から、笑福亭羽光師匠の落語が頭をよぎり、大道芸術館で羽光師匠の落語が響いたら、両者の魅力が溶け合ってお客様にとても楽しんでいただけると思った。
その時のわたしの思考をまとめるとこんな感じ。
①私小説落語→館全体の雰囲気にマッチする
羽光師匠が自身の実際の経験をもとに作った創作落語「私小説落語」が漂わせる昭和の雰囲気、当時の時代感が大道芸術館の雰囲気と呼応する。
エロで通じ合える。
②SF、メタフィクションの落語→秘宝館展示の雰囲気にマッチする
SF小説や映画が大好きな羽光師匠。たびたびご自身の落語にもSF的な構造や物語の進め方を採用している。
鳥羽国際秘宝館・SF未来館の展示と呼応する(秘宝館展示はちょっと怖いけれど[本屋しゃん談]、SF的想像力はきっと通じる)。
③壁を作らない、それええやんの姿勢→都築さんと羽光師匠に通じる
都築さんが「良い」と感じた作品は、工場のおっちゃんが作ったオブジェも、放浪されている方の絵も、若手のイラストレーションも、著名な現代アーティストの作品も、同様にアートとして迎え入れる。権威とか、肩書きとか関係ない。羽光師匠もまた、落語の登場人物はダメなやつが多いし、自分自身もたくさん失敗したり、かっこ悪いことをしてきたけれど、落語に触れると「それでええ」と救われるし、孤独な人や寂しい人を救いたいと思っていると話す。私小説落語も失敗やかっこ悪いことも笑いに変えて、ああ、この失敗もいつの日か私小説に刻める日が来るかなと思わせてくれる。お2人は、二項対立の世界にいなくて、良いと思うものに全力で、白黒で決められない世界を大切にしている。そして人に対してあったかいと思う。このお2人は深層で、協奏するんじゃないかしら。
こんなことを考えながら、そして犬のぬいぐるみに指をハムハムされながら「落語会を作らせてください」と、ほとばしる想いを伝えたの。
帰宅してから直ぐに企画書を書いて、お姉さんに送る………時が来て、「ぜひ、やりましょう」と快くGOのお返事をいただくことができた。
ここは向島。隅田川、荒川、北十間川に囲まれた三角地帯で、「墨東」とも称される場所。
そこで、この地域が舞台の永井荷風『濹東綺譚』にあやかって、会のタイトルを「墨東艶噺」と名付けた。
羽光師匠のお気持ちや考えを伺いながら、女将とお姉さんと打ち合わせを重ねる。
ここにこうやって高座を作って、音響はこんな感じで、待合室の動画を作って、物販と……当日の流れはこうして、スタッフ配置は……。
周知もがんばる。
WEBページを作り、チラシを作り、SNSやメルマガ、本屋しゃん公式LINE、ご案内メールをお送りしたり…。今回は、会場が大人な空間ということもあり、大々的にメディアへの発信をすることができなかったので、どのように情報を伝えるかに悩んだけれど、そのために丁寧に情報を発信できたのかもしれないなと感じている。
そして迎えた当日。
大道芸術館のみなさまが、ラブドールの女の子たちを良い感じに配置してくれて、ここでしか作ることができない魅惑的な高座ができあがった。最高。
本屋しゃん作の見台も登場。
館内を観覧していたお客様がぞくぞくと会場に入ってきて、わたしが「赤星」をちびちびいただいたカウンターに座る。
満員御礼。おのおの好きなお酒を片手に談笑したり、物思いにふけったり。
二番太鼓が鳴りやんだ後に、本屋しゃんから簡単なアナウンスをする。
お客様と面と向かうこの瞬間はいつも緊張してしまうのだけれど、すでにお客様は笑顔。
きっと、美術館を堪能されたからだろうな。嬉しかった。
大道芸術館と羽光師匠の落語の呼吸はバッチリだった。
私小説落語ー月の光編ー
都築さんと羽光師匠のトーク
ー仲入りー
私小説落語―知ったかぶり編ー
羽光師匠との打ち合わでは、ここで締めようと話していたのだけれど…「落語のおかわりほしいですよね」とわたしの呼びかけに、お客様も拍手で応えてくれたので、アンコールで「私小説落語ー胸の痛み編」を口演してくださった。多謝。結果、とても良い空気のふくらみの中、幕を閉じることができたと思う。
都築さんとのトークは落語からラブドールまで深堀ったお話が飛び交い、笑いと学びが共存していた。
都築さんの取材眼によって、いつも出会うことができない羽光師匠の表情に出会えたとも感じている。
羽光師匠が、大道芸術館の感想を「江戸川乱歩の世界のよう」とおっしゃっていたことにはとても合点がいった。エロスとノスタルジーの中の悲しさと怖さ。そんなのが相まって言うに言えない妖艶さ、美しさが醸し出されるのだと思う。
わたしは、ヴィム・ヴェンダースの映画「ベルリン・天使の詩」が好きだ。この映画も、サーカスの華やかさと哀しさが入り混じって甘く切なくなる。そう、そんな気持ち。
そうそう、女将をはじめスタッフのみなさまの、まさに壁を作らない気取らないトークや対応はとてもステキで、かっこよくて心奪われました。
館や作品、そして向島への愛情が深かったなあ。
「どこにでもあったもの、たくさんあったものは、ほとんど忘れられ、いつのまにか消えていくだけだ。そうやって僕らはひとつ、またひとつ宝物を失っていく。失ってから気がつくことを繰り返しながら(都築響一さんの言葉、大道芸術館 公式WEBサイトより抜粋)」
たんたんと「墨東艶噺」誕生から当日までを綴ったけれど、いつかこの記録が、海辺に打ち上げられた貝殻のように、ある日誰かに見つけられて、そっと耳をあてて聴いてもらえることを願って。
羽光師匠が大道芸術館落語会のことをブログに書かれているので、こちらもぜひ。
https://www.syoufukuteiukou.com/blog/%E5%A4%A7%E9%81%93%E8%8A%B8%E8%A1%93%E9%A4%A8-%E8%90%BD%E8%AA%9E%E4%BC%9A/