紫陽花柄の浴衣で作ったワンピースをバサっと着て、つっかけを履いて、こっそり表へ出た。
久しぶりの外の世界。
そんなに暑くはないけれど、自分の体調の悪さがじっとりと全身にのしかかっているから、決して快適ではない。
熱はないのにこの倦怠感と痛みは一体何なんだろう…得体の知れない。
「お母さん、今の花火きれいだねー」
高層マンションの上層階から子どもの声が聞こえてきた。隅田川の花火大会を楽しんでいるのだろう。
ドーンドーンとわたしの耳にも聞こえてくる。もう少し先まで歩けば見えるかも知れない。そんな淡い期待を抱き、少し夜道を進んでみる。
久しぶりに歩くから、うまくバランスが取れなくてまっすぐ歩けない。ふっと電信柱によろついて二の腕を擦る。まだ体調戻ってないなあと、傷をさすりながらちょっと情けなくなる。
ドーンドーン。
相変わらず花火の大きな音がわずかな振動とともに聞こえてくる。しかし、空を見上げても見えるのは月ばかり。花火とはうってかわって、こちらは至って冷静沈着にそこにある。
いくら歩いても花火は見えない。
橋の上までくれば…と思ったけど、やはり見えない。いよいよ歩いてるのも辛くなってきて、そろそろ帰らなくては…と来た道を引き返す。
そうだ。落語で培っているであろう、音で想像する力を発揮して、花火を思い描いてみようと思い立つ。真剣に花火と音に耳を傾けて、紺地の空を見つめる。これはこれで楽しいなと、思う。いとをかし。
家からほど近いスーパーの前で多くの人が立ち止まって同じ方向を見ていた。もしや…と思い、わたしも立ち止まりみんなが見ている方に目を向けると、とーーーくに金色の花火が見えた。
なあんだ。あんなに遠くまで歩かなくてもここから見えたんだ……
自販機で冷えた麦茶を一本買った。
秘密の夜の散歩の目的。
そう、花火は目的じゃない。
あなたのために麦茶を買うこと。
冷えた麦茶をあなたに届けること。
だけど、ごめん。
歩き疲れたから、一口分けてね。
生きる挙動を。
ともに。