
最近、用事があって大阪に行ってきました。私は歌川広重などの浮世絵師たちが風景画に描いた場所を実際にたずね、地理・地形との関わりの中で考察する、という研究を続けている関係で、地方に用事がある際、浮世絵に描かれた場所があればなるべく訪れるようにしています。今回は、住吉大社と天保山という、古くからの名所である2箇所を訪ねてみました。
まず訪れたのは、住吉大社。新幹線の新大阪駅から御堂筋線でなんば駅まで出て、南海線に乗り換えて住吉大社駅へ。同社は摂津国の一宮で、日本全国にある住吉大社の総本社として知られています。本殿の四棟は江戸時代の文化7年(1804)の造営なのですが、「住吉造」という飛鳥時代まで遡る工法で建てられており、いずれも国宝に指定されているそうです。

住吉神社のすぐ近くには江戸時代には「出見(いでみ)の浜」という浜辺があり、船の航海を助ける石灯籠が立っていました。現在では元の場所から200メートル東に復元された資料館を兼ねた石灯籠が立ち、その名残をとどめています。

住吉大社や出見の浜の風景は、大英博物館所蔵の広重のスケッチに描かれていたり、浮世絵版画としても出版されたりしています。


左:国員「浪花百景 住吉本社」東京都立中央図書館蔵
右:広重「六十余州名所図会 摂津 住よし出見のはま」国立国会図書館蔵
次に訪ねたのはメトロ中央線の大阪港駅にある天保山。安治川の河口に位置する天保山は標高4.53メートルの人工的に土を積み上げた築山で、国土地理院発行の地形図にのる日本一低い山として知られています(最近、宮城県仙台市の日和山が東日本大震災の影響で低くなり、日本で2番目に低い山になったとか)。国土地理院の地形図に載る山なので、山頂には正式な標高を示す二等三角点がちゃんとあります。

天保山はもともと天保2年(1831)に安治川の浚渫作業で築かれたもので、出来上がった築山はの高さは十間(20メートル)あったそうです。海岸には高灯籠が築かれ、安治川入構の目印となり、また周囲に町も形成されていきました。当時、天保山の造成は江戸でも話題になったようで、浮世絵にも度々描かれています。絵では、確かに20メートルありそうな高さが伺えます。

しかし安政元年(1854)にロシア帝国の軍艦が大坂沖に現れ、当時の大坂城代が大坂湾の警護を固めさせるとともに、河口を守る砲台を天保山に建設させました。その際に山が削り取られ、山頂の高さは7.2メートルになったそうです。さらに近年、地盤沈下などで標高はさらに下がり、現在の4.53メートルになったとのこと。もともと天保山があった場所は、現在では寂しい感じですが、近くに改めて高台が造成され、天保山公園として親しまれています。

浮世絵に描かれた場所に実際に赴き、現地取材することで、当時の浮世絵師が描いた視点を実際に体感できたり、描かれたモチーフの移り変わりなども知ることができます。旅行や用事のついでなどに少し足を伸ばせば取材できたりするので、もしご興味があれば、ぜひ皆さんも江戸の名所を訪ねてみてください。(文・渡邉晃)
【プロフィール】
渡邉晃(わたなべ あきら)
太田記念美術館上席学芸員。博士(芸術学)。「生誕250年記念 歌川豊国」「江戸の凸凹」などの展覧会を担当。著書に『江戸の悪』(青幻舎)、『浮世絵でたどる!江戸の凸凹地形散歩』(山川出版社)、『写楽 SHARAKU』(角川ソフィア文庫)ほか。学芸員としての傍ら、ジャズピアニストとして活動中。第38回浅草ジャズコンテストファイナリスト。NHKBS『名画の暗号』にてアン・サリーとデュオで共演。浮世絵にインスパイアされた楽曲プロジェクト《UKIYO-ExJAZZ》にてかわさきJAZZ2024出演ほか。
太田記念美術館WEBサイト:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/
太田記念美術館twitter : https://twitter.com/ukiyoeota
次回のTRiP
千住宿開宿400年記念版
「TRiP ー落語×浮世絵ー」
第6回 テーマ:宿
開催日 2025年3月15日(土)
時間 18:00開場、18:30開演〜20:30終演予定
※18:00~開演時間までOPENING ACT 渡邉晃によるJAZZピアノ
会場 仲町の家 (足立区千住仲町29-1)
アクセス 北千住駅より徒歩約10分
参加費 2,800円(税込) ※事前決済
https://honyashan.com/welcome/20250315trip-rakugo-ukiyoe-06/

【TRiPの人たちとは】
「TRiP」は、柳家あお馬(落語家)、渡邉晃(太田記念美術館 学芸員)、本屋しゃんの3人が作る「落語と浮世絵が出会う落語会」の名前であり、チーム名です。それぞれ活動するフィールドは違えど、「落語と浮世絵」をジャンルを横断することでもっと楽しんでほしい! そして、双方の魅力を広げたい! という想いのもとチームを結成しました。「TRiPの人たち」では、あお馬、晃、本屋しゃんが一体どんな人なのか、普段はどんなことをしているのかなど、メンバー三人のそれぞれの活動やなんでもない日常をお届けしていきます。TRiPをもっと楽しんでいただくための、ふりかけのような、そんなブログです。
