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【レポート】笑福亭羽光 「本から生まれた落語」の会第1回:中島敦『山月記』から生まれた落語 「落語家変身譚」 ー2024年5月24日(金)@BOOKSHOP TRAVELLER

投稿日:2024-06-06 更新日:

虎にしか見えない。
艶のある黄色い着物に、黒い羽織という出で立ちの笑福亭羽光師匠。
もはや高座は山林と化し、哀しみの虎が右へ左へ体をゆする。


2024年5月24日
祖師ヶ谷大蔵の本屋のアンテナショップ「BOOKSHOP TRAVELLER」で新しい落語会が誕生しました。
その名も、笑福亭羽光 「本から生まれた落語の会」。羽光師匠が本から着想を得て創られた落語をひとつ選び披露していただき、トークでその落語の創作の舞台裏に迫る会。

はじまりは、笑福亭羽光師匠から一通のメール。「新しい落語を創ったから読んでほしい」と。
開封すると、中島敦の『山月記』から着想を得たという落語の台本が書いてありました。

未だ名もない生まれたての落語。
一緒に落語のタイトルも考えさせていただき、「落語家変身譚」と命名。しかし、これではまだ台本。落語として立ち上げる機会、ネタおろしの場が必要です。

羽光師匠は少年時代から大の読書好きで、羽光師匠の生活に、そして落語創りに、いつも「本」が寄り添っています。お会いする時はいつも本を読んでいらしゃるし、その瞬間に読んでいなくてもバッグの中に常に本が忍ばせてあるのです。わたしも本が好きなので(とうてい羽光師匠に読書量は及ばないのですが)、よくお互いに読んだ本の感想を語り合う中で、その言葉の端々から、本当に本が好きなんだなと、羽光師匠の人として、落語家としての血肉の一端を本が担っていることを感じています。

もともと、わたしは、本が好きな人は落語を楽しめると思うし、落語が好きな人は本を楽しめると考えていることもあり、羽光師匠が創った「本から生まれた落語」を、本が好きな人にも届けて、落語と本の架け橋となる場を作り耕していきたいと考えました。羽光師匠にも、会場であるBOOKSHOP TRAVELLERさんにもこのアイディアに賛同いただき、本落語会の記念すべき第1回目として『落語家変身譚』のネタおろしをすることが決まったのです。

本番当日。ご近所の方から、新潟や大阪からとご遠方からも足を運んでいただきました。新しく始動する会をいちはやく見つけていただき感謝です。一席目は羽光師匠が創られた新作落語「目玉親父」。あるあるネタを軸にしている落語です。やけに目玉親父に似ている羽光師匠に会場からは笑いが絶えませんでした。今考えると、こちらも異類の者が登場する落語。

そして、二席目でいよいよ「落語家変身譚」のネタおろしです。中島敦の『山月記』は、博学で自信に満ち溢れていた李徴が、尊大な自尊心と羞恥心をもって、詩人となる夢に敗れて…異類のもの、そう虎と化してしまう哀しく切ない一人の男の物語。中島敦が李景亮『人虎伝』から着想を得て書いた一編。本書を読みながら、羽光師匠は李徴と自分自身が重なり、どんどん感情移入していったそうです。「この本から落語を創ろう!」 というきっかけや創り方はいろいろあると思いますが、『落語家変身譚』は、『山月記』から、表現者としての悩み、表現者として生きることについて、表現する者の内なる精神性を抽出し、羽光師匠の視点で解釈して創られました。理想を高く持つ悩み多き落語家=羽光師匠がいよいよ虎になってしまう噺。おもしろい落語家、落語家としての成功を強く望み、才能はこじれてゆき、他者や過去の自分との比較されることを怯え…。『人虎伝』から『山月記』、そして「落語家変身譚」へ。国も時代も越えて、物語が様々な解釈のされ方をして、新しい物語として生まれていくこの繋がりは感慨深いです。

「落語家変身譚」には実在する落語家さんが多く登場します。固有名詞は、それを知らない人にとっては共通言語として機能せず、おもしろさが半減してしまうのではないかと、正直、台本を拝読した段階では心配していたのですが…いざ、羽光師匠が噺はじめると、その心配は吹っ飛びました。熊さん・八っつぁんよろしく、落語家さんたちのキャラクター、人間性が立ち上がり、落語の世界の登場人物としていきいきと物語の中を動き回っていました。羽光師匠の落語は、登場人物とよく向き合われていて、それぞれの「らしさ」、十人十色、描きわけがはっきりとしているところが魅力的だなと改めて感じた次第。

ついに虎と化した落語家は哀らしく愛らしい。虎だからしてしまうこと、虎だからできないこと、そんな場面にもどかしさと、かわいさがにじんで、笑いを誘います。羽光師匠は、この日のネタおろしにむけて、日々の生活でも「虎」になりきっていたという。虎の鳴き声をうなり、所作を探求し、ウサギの味を想像し…。どうりで、お着物が虎っぽいだけではなく、生々しさが漂うわけですね。ネタおろしをするときはいつも緊張するという羽光師匠ですが、虎を演じている時はとりわけとても楽しそうで、ぐっと落語の世界にご自身が入り込み、お客様もそれに巻き込まれるように没入されていました。

『山月記』には、李徴の唯一の友人である猿惨が虎と化した李徴が詠む詩を聞いて、なるほど素晴らしいのはわかるけれど、何か足りないと、心の内で感想をこぼします。何が足りなかったのか。羽光師匠の落語にその答えがあるように思います。尊大でありながら臆病な自尊心のもと、師にもつかず、同志と切磋琢磨、学び合うこともしなかった李徴。ただ名声を追い求める姿からは、周囲の人々への情は薄く、詩を楽しむ様子は感じられません。

登場人物の「らしさ」をいきいきと描く羽光師匠の落語は、師匠の人間の観察眼の鋭さと、どんな人もあたたかく受け入れる情の深さからきているのではないでしょうか。そして、何より高座の上で噺すことを楽しまれている。噺たくて仕方がないがほとばしっている。落語は一人で行う芸でありながら、決して独りよがりではない遊び心あふれる羽光師匠の落語。だから今日もこうしてお客様の心を揺さぶり、会場があたたかい空気に包まれるのだと思います。猿惨もこれだ! と思ってくれるのじゃないかしら。

『山月記』の李徴とご自身を重ねて創られた『落語家変身譚』。
他者や過去の自分と比較されることの怖さやおもしろくないと思われたらどうしようという不安や悩みは、わたしなどには想像しきれない重たさがある気持ちだと思います。しかし、羽光師匠にとってのそれは、自分を守るため、エゴではなく、落語そして表現することを愛して、真摯に向き合っていらっしゃる証だと思います。

ネタおろしをやり遂げたあとの羽光師匠のすがすがしい表情を見ると、羽光師匠はしばらく虎になってしまうことはなさそうだなと、ちょっと安心しました。

帰路、祖師ヶ谷大蔵の駅のホームでふと上を見上げると、まあるい月。
虎の咆哮が聞こえてくるかのような。


笑福亭羽光 「本から生まれた落語」の会、次回は夏秋頃を予定しています。
今度はどんな本がどんな落語になるのでしょうか。
落語と本が出会う場所、じっくり耕していくので、どうぞ引き続き応援をよろしくお願いいたします。
また、会場でお会いできますように。

落語会詳細

笑福亭羽光 「本から生まれた落語」の会
第1回:中島敦『山月記』から生まれた落語「落語家変身譚」

開催日:2024年5月24日(金)
時間:19:30開場、20:00開演 ※落語は二席を予定
会場:BOOKSHOP TRAVELLER
(〒157-0072 東京都世田谷区祖師谷1丁目9−14 )

関連記事

「寄席つむぎ」さんでの羽光師匠のブログ「SFと童貞と落語:笑福亭羽光」より
「中島敦『山月記』を元に落語を作る」
https://yosetumugi.com/2024/05/05/ukou-81

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