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麦茶

投稿日:2023-07-29 更新日:

紫陽花柄の浴衣で作ったワンピースをバサっと着て、つっかけを履いて、こっそり表へ出た。

久しぶりの外の世界。

そんなに暑くはないけれど、自分の体調の悪さがじっとりと全身にのしかかっているから、決して快適ではない。

熱はないのにこの倦怠感と痛みは一体何なんだろう…得体の知れない。

「お母さん、今の花火きれいだねー」

高層マンションの上層階から子どもの声が聞こえてきた。隅田川の花火大会を楽しんでいるのだろう。

ドーンドーンとわたしの耳にも聞こえてくる。もう少し先まで歩けば見えるかも知れない。そんな淡い期待を抱き、少し夜道を進んでみる。

久しぶりに歩くから、うまくバランスが取れなくてまっすぐ歩けない。ふっと電信柱によろついて二の腕を擦る。まだ体調戻ってないなあと、傷をさすりながらちょっと情けなくなる。

ドーンドーン。

相変わらず花火の大きな音がわずかな振動とともに聞こえてくる。しかし、空を見上げても見えるのは月ばかり。花火とはうってかわって、こちらは至って冷静沈着にそこにある。

いくら歩いても花火は見えない。

橋の上までくれば…と思ったけど、やはり見えない。いよいよ歩いてるのも辛くなってきて、そろそろ帰らなくては…と来た道を引き返す。

そうだ。落語で培っているであろう、音で想像する力を発揮して、花火を思い描いてみようと思い立つ。真剣に花火と音に耳を傾けて、紺地の空を見つめる。これはこれで楽しいなと、思う。いとをかし。

家からほど近いスーパーの前で多くの人が立ち止まって同じ方向を見ていた。もしや…と思い、わたしも立ち止まりみんなが見ている方に目を向けると、とーーーくに金色の花火が見えた。

なあんだ。あんなに遠くまで歩かなくてもここから見えたんだ……

自販機で冷えた麦茶を一本買った。

秘密の夜の散歩の目的。

そう、花火は目的じゃない。

あなたのために麦茶を買うこと。

冷えた麦茶をあなたに届けること。

だけど、ごめん。

歩き疲れたから、一口分けてね。

生きる挙動を。

ともに。

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