友達んちで飲む麦茶は不思議な味がした。
ばあちゃん家で麦茶だと思って一気飲みした液体が、玉ねぎの皮を煮だした汁だった。
1.5リットルの麦茶のペットボトルをゴクリゴクリと飲みながら、縁側にはめられている引き戸のガラスを見ていると、そんな、幼少期の夏休みの思い出が、頭にぼんやりと浮かんでくる。
暑くてガラスがゆらゆらっとして見える。昔のガラスが好きだ。
まさに、今、夏休みの空気漂う、友達ん家かばあちゃん家に遊びに来ているかのような場所に身を置いているから、そんな夏休みのあれやこれやを想起しているのだろう。
だったらもっとポジティブな思い出を思い出せばいいのに。もうあまのじゃくなんだから。
2023年7月16日
「第4回 遅四グランプリ 千住・仲町の家大会〜遅の細道〜」を開催した。
遅四グランプリとは、アーティスト・工芸家の島本了多さんを中心に発起した「遅イズム」プロジェクトの一環。速いことが良いとされる現代社会だが、速すぎて多くのことを見過ごしてしまっているのかもしれないという想いを着火点に、加速主義社会のカウンターとして、「遅いといいこと(遅ければ遅いほどいいこと)」を探し、体験する場、遊べる場を作る「遅イズム」が生まれた。「遅四グランプリ」は、まさに「速」の代名詞でもある「車」「レース」「勝負」という要素が揃った「ミニ四駆大会」を「遅」に反転させることで、「遅」の楽しみ方を提案する。現在は「遅四グランプリ」、そしてアート、音楽、工芸、映画などにおける「遅」を考察し、企画そして作品化している。今後は服飾、建築、その他の伝統文化などさまざまな領域にも発展させていくべく活動をしている。
「TRiPー落語×浮世絵ー」でお世話になっている仲町の家。
ここに来ると、時間の流れが変わる。いや、早さが変わるのかな。きっとそれは、わたしだけではないはず。いつも、ここに来るとご近所さんや常連さん、お散歩途中に立ち寄った人……目的のある人ない人たちが思い思いの時間を過ごしている。
座蒲団の上に胡坐かいたり、縁側に寝っ転がったり、ぼーっと庭を眺めたり、ギター弾いたり、レコード聴いたり、カリンバ弾いたり…。時計に刻まれえない、それぞれの時間で、誰一人焦ることなく、急ぎことなく、のんびりと過ごしている。
そんな、外の世界とは違う、仲町の家ならではの時間の流れと雰囲気がとても魅力的に感じていて、この時空は「遅四グランプリ」の会場にぴったりと呼応すると感じ、島本了多さんと三原回さんに、声をかけた次第。
結果、予想は見事に的中し、なんとも良い「遅」バイブスが漂うことになった。
「第4回 遅四グランプリ 千住・仲町の家大会〜遅の細道〜」は、大会にとどまらず、作品展示や新しい遅企画に挑戦した。
作品のテーマはもちろん「遅」。
仲町の家のいたるところに展示された遅作品は、鑑賞者とアーティスト、それぞれの作品が「どのように❛遅❜なのか」を語り合うツールとしても機能し、時に笑いがおきていた。
どうやら「遅」は笑いを生み出す力があるようだ。
三原さんは、新作である油売りをテーマにした遅いドローイングマシン《オイルセラーペインティング》(ドローイングマシンだけど、遅すぎて会期中は何も描かれなかった。いや、むしろ筆が空をきって見えない何かを描いていたかもしれない。目に見える何かが描かれる日はくるのだろうか…)、そして、カタツムリのレジデンスを開催(カタツムリさんお疲れさまでした)。島本さんは、遅轆轤で制作した陶芸作品を多数展示(遅轆轤だからこそ出せる、良き風合いよ)、優勝カップもこの大会のために制作してくれた。さらに、硬軟の新作《5670000000年後の効能》も展示 。即効性をうたう薬物のパッケージに、ゴータマの入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる弥勒菩薩を転写した立体作品だ。遅四で定番の「遅パーツ」も展示した。
大会タイトル「遅の細道」は、お察しのとおり、松尾芭蕉の「奥の細道」から着想を得ている。
というのも、松尾芭蕉は、「千住といふ所」から「奥の細道」の旅に出た。千住は芭蕉旅立の地なのだ。
今回は、せっかく芭蕉ゆかりの地なので、芭蕉にあやかって「句会」を開催することにした。
もちろん、「遅句会」である。ルールは簡単。季語ならぬ「遅語」を入れた俳句、または無遅語でも「遅」を感じる俳句を詠む。来場者全員に短冊を配布し、想い想いの場所とタイミングで句を書いてもらい、最後にみんなで詠みあう。
果たして、突然のフリにどれだけの人が参加してくれるのだろうか、一抹の不安もあったが、通りすがりの方も含めて、みなさん、ぽんぽんぽんっと遅くを詠んでくれるではありませんか!
それぞれの視点の遅句が次々と生まれ…遅くてOK、遅いといい感じ、遅いって素敵…そんなあたたかく優しさたっぷりの句が並びます。
ふむ。「遅」は笑いも生み出すし、あたたかい気持ちにさせてくれることに気づく。
そして、メインイベント。一番遅いミニ四駆マシンを決定する大会「遅四グランプリ」は、白熱の戦いだった。居間に大きなエキシビジョンコースを作り、室内のいたるところに「借景コース」として短めの直線コースを設置。
大会参加者には、借景コースの中から好きなコースを選んでもらった。
レースがはじまると「遅っ!!!」の声援があちこちから聞こえ、速すぎるマシンに対しては「あ~速すぎ~」と言う声がかかる。「早くしなさい」と言われることが多いであろう日常とは違う感覚を呼び覚まされる。
真剣に、遅四マシンをみつめるみんなの光景は、ほんと夏休み。
好奇心たぎる眼差しは少年少女のよう。
汗をかきかき、遅を興じる。
優勝者は2名。なんと同着で「4時間で3mm」をたたきだした。
第3回大会優勝者の伊籘(Yī téng)さんと、初参戦のteshnakamuraさん。
ハイレベルである。猛者。
遅とは何か、ではなく、動くとは?という新たな問いが生まれた。
他にも工夫を凝らし、見た目もかっこよかったり、おもしろいマシンが勢ぞろい。
「一歩進んで二歩進む」マシンや、「亀に翻弄されるウサギ」マシンなど。
出場者のそれぞれの遅とユーモアが炸裂した。
いくら会場に遅バイブスが漂っていても、時計の針は一定の速度を持って進んでいく。
そろそろ終了の時刻だ。
優勝者が決まったところで、第4回 遅四グランプリは幕を閉じた。
仲町の家が「遅」を優しく受け止めてくれ、良い意味でのだらだらした時間が流れた一日。
今回の仲町の家は、展示会場としてではなく、まさに「家」としてみんなを迎えてくれていて、
きっと昔も同じような光景がこの家で繰り広げられて、みんなでゆったりとした時間を過ごしていた
のかもなと、時を巻き戻して想像できた。
主催者ながら、「遅イズム」「遅四」を通じて、気持ちが楽になったというか、「遅」の懐の深さ、そして、のんびりした様子の愛おしさと、可愛らしさを実感し…「遅」は、すごくポジティブで優しい概念であることが分かった。しかも、笑える。
「遅」は「それでいいんだよ」と言う言葉や気持ちに翻訳できそうだ。
まあ、のんびりいきましょか~。
企画詳細
「第4回 遅四グランプリ 千住・仲町の家大会〜遅の細道〜」
開催日 2023年7月16日(日)
時間
展示:10時〜17時
大会:12時頃からのんびりスタート、17時
https://honyashan.com/%E4%BC%81%E7%94%BB/20230716-osoyon-grandprix-04/