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【レポート】TRiPー浮世絵×落語ーの誕生~第1回開催についてー2022年11月19日@仲町の家・北千住~

投稿日:2023-01-11 更新日:


11月も半ばを過ぎると、随分と日が暮れるのが早い。開場時刻の18時にはあたりはすっかり暗くなり、その暗さが音を吸収してしまったように辺りは静かで、冬の冷たさが身に染みる。時々通る自転車の風を切る音が静けさと寒さをより掻き立てる。

会に間にあうようにと制作していただいた「地口行灯」が仲町の家の門から玄関までのエントランスを、ぽわっ、ぽわっと、敷石のようなリズムで照らしてくれて、なんだかあたたかそうで、思わず手をくべてみる。

と、書くと、いかにもしっぽりとした粋な光景なのだが、「地口」とは、江戸から明治にかけて流行した言葉遊びで、ことわざや成句をもじったいわゆる駄洒落の一種。地口行灯はそんな駄洒落が言葉と絵で描かれていてユーモアたっぷりだ。仲町の家に掲げられた行灯にも「ゑんま舌の力もち」なーんて駄洒落が、閻魔様が自分の舌に縄で石を括り付けて必死で耐えている絵とともに描かれていた。このほっこりする言葉遊びの灯りは、これからはじまる落語会にぴったりの案内役かもしれない。

2022年11月19日。
落語家の柳家あお馬、太田記念美術館の渡邉晃、本屋しゃんの3人が集まって作った「落語と浮世絵」が出会う落語会シリーズ「TRiP」の第1回目を開催した。毎回ひとつテーマを決めて、柳家あお馬の落語と、渡邉晃の浮世絵レクチャーを通じ、落語と浮世絵という江戸文化を交差させる試み、みんなで江戸時代と異世界にトリップしよう!という願いを込めて結成したチームであり、企画だ。第1回目は、TRiPのコンセプトであり、宿場町・千住にちなみ「トリップ/旅」をテーマにした。毎回、あえて抽象的なテーマにすることで、あお馬と渡邉のテーマに応える自由な幅と深さを持たせ、「なるほど」や「そうくるか!」と、ここでしか味わえないトリップを作っていこうと決めた。どこに連れていかれるかわからない、ドキドキな旅を、お客様にも旅人として堪能していただきたい。


ところで、なぜ、この3人が集まったのか? 

言い出しっぺは本屋しゃんなのだが、語りだすと長くなってしまうので、ごく簡単にお伝えしよう。柳家あお馬の落語を、浅草橋ではじめて聴いた日の感動は忘れられない。新作落語を好んで聴いていたわたしに古典落語の美しさとおもしろさを教えてくれて、その扉を開いてくれた。聞いているとあお馬という人がすっと消えて、登場人物が生き生きと立ち上がるのだ。目の前に色鮮やかにその光景が浮かび上がる。そう、まるで一枚の絵のように。

そして、渡邉晃が企画する浮世絵の展覧会は、いつも浮世絵のおもしろさと、新しい見方を教えてくれる。浮世絵の専門美術館だからこそ、ニッチなテーマからとても抽象的なテーマなど、遊び心あふれる他にはない切り口で浮世絵の魅力を発信してくれる。同じ絵師の作品でも、ここに来ると、ほう、そんな楽しみ方もあったのね、と嬉しくなる。

本屋しゃんにとって、それぞれ落語と浮世絵のおもしろさに気づかせてくれた師なのだ。もしかしたらそれはとても個人的な視点なのかもしれない。しかし、きっとこの2人を繋げたら、ジャンルを越えた交流が生まれるだけでなく、双方がうまく混ざり合い新しい文化が生まれるのではないか、そう直感した。この2人なら、浮世絵と落語の接点になりながら、それぞれの入口を開いてくれると。2人がこの想いに共感をしてくれて、TRiPが誕生した。今こうしてそんな2人とTRiPを結成し、師でありながら同志として活動できていることが、とても嬉しい。

開場と同時にBGMは渡邉晃のピアノ生演奏が仲町の家に響く。
音楽の力はすごい。開場の空気がふんわりと軽くなることがわかった。
実は渡邉は太田記念美術館学芸員であり、ジャズピアニストとしても活躍している。今回の落語会はTRiPメンバーそれぞれの専門と得意なことを活かし、落語と浮世絵、そしてジャズピアノをかけあわせ、さまざまな文化の交差点としての新しい落語会づくりの挑戦でもあった。出囃子もジャズを採用。渡邉の粋なアイディアで、あお馬の名前にちなみ「BLUE」がタイトルに使われているジャズの楽曲が出囃子だ。

さあ、いよいよ、あお馬が高座にあがる。
高座の袖の襖を開けるのは本屋しゃんが務める。
リハーサルではじめて使う出囃子の音を耳に体に刻み込んでいたあお馬。
いざ本番の段では、渡邉のピアノの音に慎重に耳を澄ませながら、全身でリズムを取り、良いタイミングを見計らう。美しいタイミングを探るあお馬の眼差しは真剣そのものだった。あお馬の細部に至るまでのこだわりを目の当たりにすると、彼の落語に対する、舞台に対する敬い念と美意識を感じずにはいられない。


襖をすっとあける。
真っ暗だった袖に会場の明かりが入り込み、あお馬の顔がはっきりと照らされた。
何度も落語会の企画主催をしてきたが、高座にあがる前の落語家にこんなに近くに寄り添うのははじめてのことだ。あかりに照らされたあお馬の表情はとても凛々しい。
「よろしくお願いします」とわたしに会釈をして高座にあがる。
拍手が仲町の家に響き渡る。築90年の家屋だからだろうか、拍手の音はとてもあたたかく跳ね返りながら、家の節々に吸収されていくようだった。


最初の演目は「道灌」。
今回の落語会は浮世絵は好きだけど、落語ははじめてというお客様も多くいらしゃった。そこで、あお馬は、落語がはじめてのお客様にも落語の入口につながるようにという想いを込めて、落語家がはじめて憶える演目のひとつである「道灌」を選んだ。

感染防止の観点から、客席に入ることができる人数が限られているので、本屋しゃんは客席に入ることができない。舞台袖で襖越しに耳を澄まし、縁側で障子にはめられたガラス窓からそっと高座の様子を見つめる。襖越しでも、障子越しでも、あお馬が噺だしたら会場の空気がぐっと研ぎ澄まされながら、あたたまっていくことがよく分かった。

続いて、渡邉による浮世絵レクチャー。
高座が講座用のモニター設置台には早変わり。こちらも、浮世絵にはじめて触れる方のために、浮世絵の技法や当時の価格など、浮世絵の入口となる話にはじまり、江戸時代の旅事情について、たっぷりと浮世絵のスライドを見ながら講座が進んだ。学芸員のレクチャーというと、もしかしたらちょっと堅苦しい語りと時間を思い浮かべる人もいるかもしれないが、渡邉は深く充実した内容も、軽やかにユーモアを交えて案内してくれる。「浮世絵に描かれているおじさんが愛おしい」という渡邉のニヤニヤした話に会場がほっこりしたことは言うまでもない。講座の後半には、あお馬も登場し、次のあお馬の落語につなげるべく「御神酒徳利」に登場する人物や場所が描かれた浮世絵を見ながら、トーク形式で紹介していった。

仲入りをはさみ、最後の一席。
演目は、そう「御神酒徳利」。
あお馬の熱演にお客様がぐいぐい引き込まれていることがもばっちり伝わってくる(またも襖と障子越しに)。襖越しに聞こえてくるあお馬の声だけで、本屋しゃんの目の前にも御神酒徳利の世界が、その旅の道中の様子があれよあれよと立ち上がる。これぞ、わたしがあお馬の落語のすごさだと思う。噺でこんなにもみずみずしく一人一人の人物に生命を与え、絵師が筆を執るようにその光景を描いてしまうのだ。今回は、さらに先に渡邉のレクチャーで浮世絵を見ていたことも大きい要因だろう。浮世絵が落語で動き出したのだ。静から動へ。一時間近くもある演目もあっという間。仲町の家の雰囲気が旅籠屋をも彷彿させることもあってか、噺と空間が調和して、なお、落語の世界へ、江戸時代へトリップできたようにも思う。


会の締めくくりは、TRiPメンバーが全員登壇し、じゃんけん大会。じゃんけんに勝った方には、あお馬による「御神酒徳利」を題材にした直筆色紙と太田記念美術館の招待券をプレゼント。落語とレクチャーであたたまった会場がさらにわいわいと盛り上がり、楽しい空気のうちに幕を下ろすことができた。


落語と浮世絵、さらにジャズを掛け合わせたはじめての試みだったが、それぞれがうまく溶け合って、ひとつの芸術になっていたと感じている。

TRiPメンバーとお客様、そして仲町の家のスタッフのみなさまと過ごした数時間。わたしたちをあたたかく包んでくれた仲町の家は「街灯り」ようだった。TRiPもみんなの灯りになれるよう、ますますがんばろうと思う。

TRiP誕生を支えてくれたみなさまに心から感謝。

再演のお知らせ

好評につき第1回目の再演が決まりました。
どうぞよろしくお願いいたします。

再演!「TRiP ー落語×浮世絵ー」
第1回 テーマ:トリップ

開催日 2023年3月5日(日)
時間 18:00開場、18:30開演〜20:30終演予定
会場 仲町の家 (東京・北千住)
参加費 2,500円(税込) 

チケットについて
2023年1月15日(日)までは「事前申し込み期間」です。一般チケット販売は「2023年1月16日(月)10:00」より開始いたします。

※詳細は以下WEBページをご覧ください
https://honyashan.com/%e4%bc%81%e7%94%bb/20230305trip-rakugo-ukiyoe-re01/

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